2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

7.父の妄執(3)

ようやく、霜月の声がこぼれ落ちました。
「祐子は昔、心を閉じてしまった時期があったと俺に言った。俺は自閉症ではないが、同じように心を閉じてしまったんだ。五年の刑期が終わった後、ここに来ないでMや祐子、極月たちのいる市を訪ねる道もあった。だが、刑務所にいた五年間、俺が思い描いていたのは弥生の姿だった。幸運にも俺は、弥生の死に立ち会わないで済んだから、死を信じないこともできる。市に戻れば、嫌でも弥生の死を目の前に突き付けられただろう。だから、俺は海炭市に来た。校長の好意で漁師の真似事を始めてから十年経つが、校長と毎日交わす弥生の話題はまだ事欠かない。俺には弥生と一緒に生きる希望がある」
断定の声が響きました。隣りに座った晋介が身を乗り出します。

「ずいぶんレトロだね。夕べ見た路面電車みたいだ」
今度は晋介が大胆なことを口にしました。即座に身体を硬くした霜月の動きが伝わってきます。
「ガキに何が分かる。将来をなくした三十七歳の男には、それなりの生き方があるんだ」
吐き出すように霜月がつぶやきました。声と同時に、身体から抜けていく力が悲しみの深さをあらわしているようです。息が詰まります。
「たった五年を、懲役に行っただけじゃないか。貴重な体験だぜ」
やけに明るい声で晋介が応じました。センチメンタルな感情を心底嫌っている響きです。
「やめてよ、もう黙って。事情も知らないあなたに、かき混ぜられたくないわ。それより、霜月が弥生のことをそれほど思っていたなんて、私には新鮮だった。ここまで来た甲斐があったわ。校長さんにも早く会いたい」
センチメンタル派の筆頭のような祐子が晋介を叱責して、感嘆の言葉を口にしました。僕は晋介の気持ちも、大人二人の気持ちもそれぞれに理解できます。コウモリのような、中途半端な態度がやり切れなくなります。性を話題にして、霜月の真意を探ってみることにしました。

「Mに聞いた話では、弥生はピアニストとのセックスを契機にして、生きる希望を育んでいったそうです。その死も、ピアニストに殉じたものでした。あなたが知らないわけがないでしょう。レトロと言うより、創作した希望に寄り掛かっているとしか思えません。そして祐子は、現実の希望を捨て、創作した死を求めている。二人とも不自然ですよ」

思いがけず強い言葉がでました。横にいる晋介を意識したのかも知れません。二人の大人を誹謗した言葉が波間を漂って、沖に流されていきます。長い沈黙が続きました。

「せっかく海炭市まで来てくれたんだ。俺が、とっておきのイカ料理をごちそうするよ。みんなに食べさせたくて、生け簀のイカを確保しておいたんだ。朝飯を済ませてから校長の家に行こう」
疲れた声で言って、霜月が立ち上がりました。僕たちはホテルの朝食を食べていません。改めて空腹感が襲ってきました。上手に答えをはぐらかされてしまったようです。

イカ釣り船に戻っていく霜月の後を祐子が追いました。几帳面な祐子が調理をサポートするのですから、衛生の心配がなくて済みそうです。晋介が、うんざりした顔で僕を睨みました。
「退屈なら、コンテストの会場に行ってくれていいよ」
弱々しく声をかけました。とたんに晋介が吹き出します。大きな声で笑いました。
「進太さんが気にすることはないよ。時代遅れの万年青年をいたぶるのは、結構おもしろい。写真展は午後八時までやっているんだ。一日は長い」
大人びた声で答えて、また笑いました。

Mが話してくれた、友愛という言葉が脳裏に浮かびました。Mが弥生に友愛を抱いたように、僕は晋介に友情を感じています。Mが最もはつらつとしていた時代の空気が、ちょっぴり分かったような気がしました。何よりも躍動してくる感覚に手応えがあります。祐子の話も、霜月の話も、これから聞かされるはずの弥生の父の話も、みんな嘘だと直感しました。
おためごかしの希望が真実であるはずがありません。いささか破壊的ですが、晋介の言葉を実践しようと思いました。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

最新記事
カレンダー
03 | 2012/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
free area
人気ブログランキングへ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR