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9.旅立ちの予感(3)

「すごいね。もう熱烈なファンがついたんだ。僕も晋介のカメラワークを見て、よく勉強させてもらうよ」
心の底から賞賛の声を出しました。誠意はよく伝わるものです。とたんに晋介の頬が真っ赤に染まりました。
「いや、俺は夕日しか撮ったことがないから、スナップは苦手なんだ。これからが勉強だよ」
珍しく謙遜した声で答えました。けれど、何となくうなずけません。晋介は昨日も嫌になるほどライカを構え、真剣にシャッターを切っていたのです。あの異常な出来事の連続した時間をフィルムに焼き付けたはずなのです。僕は慌てて問い返しました。
「そんなことはないだろう。昨日だって、ずいぶん写真を撮っていたよ。現像したら、僕にもぜひ見せてくれよ」
「だめだよ。フィルムが入ってない。カメラワークの練習をしただけなんだ」

即座に返ってきた答えを聞いて、僕はぼう然としてしまいました。腹の底から笑いが込み上げてきます。幸い会場はまだ無人です。遠慮なく、高らかに、声を上げて笑ってしまいました。
「進太さん、何がおかしいんだよ。俺は、あんな薄汚いものは写真にしない。ずっと先のテーマだよ」
当惑した晋介が大声で宣言しました。僕は再び笑ってしまいます。確かに晋介の言うとおりです。祐子の死に狂いも、校長さんの盲信も、霜月の恋愛ごっこも、僕のセックスすら薄汚いものなのでしょう。
渡良瀬橋の夕日を、傑作写真に昇華させた晋介の目が正解です。祐子ではありませんが、僕も生まれ変わりたい心境になりました。

目の前のモノクロームの夕景が、頭の中で大きく拡がります。その瞬間、祐子が残していった奇妙な情報に、次の旅路を賭けてみることを決心しました。
笑いを納め、じっと晋介の目を見つめます。
「渡良瀬橋に連れていってくれないか。僕が捜している、Mの本籍地が晋介の街なんだそうだ。もう、海炭市に用はないよ。晋介と一緒に渡良瀬橋の夕日が見たい」
晋介の目に喜びの色が浮かびました。でも、念を押すような目で僕を見返しました。
「すぐにでも、進太さんを連れていきたいけれど、祐子はどうするのさ。あんなヒステリー女は、一人にしておけないよ」
不安そうに問い掛けてきました。連れの祐子を心配する優しさが晋介にはあります。血のように真っ赤な夕日を浴びて、祐子を死なせようとした者と同一人物の言葉ですから不思議です。晋介が胸の内に確固として持っている規範がまだよく分かりませんが、僕は笑顔で答えました。
「祐子の心配は要らないよ。ここで霜月と暮らすことになった」
「へー、祐子は漁師の女房になるのかい。そりゃあいいや、何よりも健康的だ。あのイカ釣り船の甲板で、真っ昼間からセックスに励めばいい」
頓狂な声で言っておどけました。僕も同感です。
「まったくだ。腰が抜けるほど励んで、二人して透明なイカになればいいんだ」
僕もひょうきんに答え、二人で大笑いしました。けれど、少しも軽薄な気分になりません。祐子の門出を祝福し、僕たちの新しい世界の展開を予感する気持ちでいっぱいでした。

「それで、進太さんどうする。すぐ空港に行こうか」
晋介が身を乗り出して問い掛けてきました。
「いや、まず味噌ラーメン。せっかくだから、もう一度本場物を食おう。それから夜景だ。ゆっくり観光もしてみよう。空港に行くのは明日の朝でいい」
明るい声で答えました。
「賛成だね。カニも食おうよ。二人とも金はあるんだ」
晋介が陽気な声で応じて、出口に向かいます。バーバリーのブレザーを着た後ろ姿がやけに立派に見えました。
僕も紳士服売場に寄ってみたくなります。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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