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6.海炭市へ(3)

「僕は高校生ではなく、無業者なんだ。晋介と同じように、写真家になりたいと思っている。一緒に暮らしてきた、Mという養母がいなくなってしまったんだ。今はMの歴史を尋ねて歩いている。海炭市に行くのもそのためだよ。Mという女性を見極めない限り、写真家になれないと思うからだ。僕は写真を撮ったことがない。まず、ものを見る目をつくろうとしているんだ。プロ級の腕を持っている晋介と一緒に旅をするのは大歓迎さ。これが僕の答えだよ」

「ようし、決まったね。でも、祐子はうんと言うだろうか」
喚声を上げた晋介が、トイレの方を振り返って心細い声を出しました。僕はたまらず吹き出してしまいました。もう、これで三度目です。晋介のエネルギーは相当なものです。彼のお父さんが、殺されると確信しても無理がないほどです。晋介は言ったとおりに殺したでしょう。怖いくらい純粋なのです。
「晋介と一緒に行くのは僕だよ。祐子とも一緒に行く。それだけのことさ。それから、僕の父は死んだけど、母は生きている。もう十年も会っていないが、母が僕をつくったときのことは話しに聞いているよ」
聞かれなかったことを、わざわざ口にしてしまいました。トイレから帰ってくる祐子の姿が見えます。晋介が目で先を促しました。僕は大きく息を吸い込みました。
「僕をつくったときの両親は、素っ裸で後ろ手に縛られていたそうだよ」
「えっ」
小さく叫んで絶句した晋介の目が、妖しく光りました。背筋を真っ直ぐ伸ばした祐子が、席に座ります。なぜか、丸い尻が卑猥に見えてしまいました。


飛行機は大きく旋回して、海峡から陸地へと突っ込んでいきます。
西に面した窓から、真っ赤な夕日が射し込んできました。晋介の横顔が黒いシャドウになり、斜光を浴びた輪郭が黄金色に輝いています。一瞬、機内全体が射し込んできた夕日で赤く染まりました。着地のショックが全身に伝わってきます。山の端に日が隠れ、薄暮の滑走路を照明灯の光が照らし出しています。空中の夕日は余りにも短命でした。

僕たちは乗客の列に紛れてターミナルに向かいます。
「肌寒いわ。進太も上に何か着なさい。風邪を引くわよ」
気忙しい声が、耳元で響きました。祐子が、受け取ったばかりのボストンバッグを開いて、黒いカーディガンに袖を通しています。僕は聞こえなかった振りをして、ディバッグを右肩にかけました。確かに肌寒さを感じますが、僕のラガーシャツは長袖です。ノースリーブの祐子は標準になりません。
横にいる晋介は、手荷物すら持っていません。首から下げたライカと、ウエストバッグだけの身軽ないでたちです。

「晋介は、着替えも持ってこないのか」
口うるさい祐子を無視するように、晋介に声をかけました。
「着替えなんて、どこでも売っているさ。ライカと金があれば十分。金は持っているよ。みんな親父の泡銭だ」
つまらなそうに答えた晋介が、ウエストバッグのファスナーを開いて中を見せます。エルマーの90ミリ交換レンズがひときわ輝いています。三本のイルフォードのフィルムの横に、シルバーのマネークリップで留めた一万円札が見えました。二十枚以上あるようです。ジッポーのライターと紺色のショート・ピースの箱も入れてあります。
「煙草を吸うのかい」
思わず聞いてしまいました。晋介の頬が赤く染まります。
「吸うのは食後だけだよ。今時、煙草を続けているなんて恥だよね。調子に乗って見せるんじゃなかった」
中学三年生の台詞です。僕はまた吹き出してしまいました。晋介は本当にユニークです。祐子が怖い目で睨み付けています。
僕と晋介は肩を並べて、祐子に追われるようにしてタクシー乗り場に向かいました。
タクシーで二十分ほど走ると、もう海炭市の駅前です。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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