2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

7.父の妄執(7)

「どうして、私が憎まれるの。死にたいくらい空虚な気持ちを理解してくれるのは、弥生のお父さんしかいないと思っただけだわ。薬をいただいて、本当にうれしかった。ぜひお会いして、勇気を持って死にたいと言いたかった。お願いです。お父さんに憎まれたくない。お父さんが死を望むのなら、ぜひ、ご一緒させてください」
祐子の叫びが部屋に満ちました。校長さんとは対照的に、熱に取り付かれたように震えています。けれど、全体がピントのはずれた写真のようで、リアルな迫力がありません。過剰な感情だけが空回りしているみたいです。晋介が、大きくあくびをしました。

「お願い、私も、死なせて」
再び、祐子の声が響き渡りました。夕暮れが迫った座敷に狂気が溢れ出ます。
「望むところだ。一緒に来なさい」
低い声で唸って、校長さんが庭に飛び降りました。祐子も立ち上がります。
校長さんが、縁側に置いてあった石油缶を持ち上げ、頭から液体を降り注ぎます。後に続いた祐子にも、液体を振りまきました。ガソリンのにおいが鼻を突きます。

「さあ、望み通りにしてやる」
庭先で仁王立ちになった校長さんが大声で叫び、右手で握った卓上ライターを高々と振りかぶりました。カチッという音と共に、ターボ・ライターの先に青い炎が灯ります。
「何をするんだ」
一声叫んだ晋介の声が、妙に間が抜けて響きました。
「みんな、みんな、死んでしまえ」
憎々しい声で叫んだ校長さんが、縁側にライターを投げ付けました。足下で炎が上がり、祐子のカーディガンが燃え立ちます。
「ヒッー」
祐子の悲鳴が轟きました。

僕は素早く、祐子を地面に突き飛ばしました。後を追って庭に飛び降り、カーディガンを引きむしって砂をかけます。ウールの焦げる嫌なにおいが立ちこめました。祐子の長い髪も焼けたようです。パープルのワンピースが裂けて、白い素肌が露出しました。しかし、危ういところで火を消し止めました。

「弱虫め、また生き残ったか。恥を知れ」
校長さんが毒々しい声で罵りました。再び石油缶を大きく振って、残ったガソリンを僕と祐子に浴びせかけます。揮発性の甘いにおいが庭中に満ちます。
縁側に落ちているライターに、校長さんが手を伸ばしました。
「クソジジイ、死にたけりゃ、一人で死ね」
晋介が叫ぶと同時に、右手に持ったジッポーから赤い火が上がりました。無造作に校長さんに向かってジッポーを投げ付けます。

「ウワッー」
絶叫と共に、校長さんの身体が火だるまになります。
赤黒い煙が宙に舞い上がりました。人型に燃え上がった炎の中からひときわ高く声が響きました。ヤヨイ、と叫んだように聞こえましたが、ゴウゴウと鳴る炎の音に掻き消されてしまいました。オレンジ色の火の中で、一瞬伸び上がった校長さんが無惨に地面に倒れ伏します。
黒こげになった死体を目にした祐子が、再び悲鳴を上げました。半裸のまま立ち上がって泣き叫びます。両手で耳を覆って叫び続け、突然、すごい速さで浜に向かって駆け出しました。僕と晋介も慌てて後を追います。

「レトロジジイが死んだ。スカッとしたね」
並んで走る耳元で、晋介が叫びました。僕も同感です。ライターを投げ付けた晋介の行為を責める気にもなりません。
かなり前方で、祐子が海に走り込んでいきました。満ち潮が唸る荒々しい海です。今日は大潮だと言っていた、霜月の言葉を思い出しました。僕たちの足が止まりました。死への希望を押し止める術は、僕も晋介も持っていません。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

最新記事
カレンダー
03 | 2012/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
free area
人気ブログランキングへ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR