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7.父の妄執(2)

「進太さんも、写真家志望なんだろう。独自の目で被写体を見られなければ、到底プロにはなれないよ」
真剣な表情で断定しました。僕は真剣にうなずくだけです。どれほど身近に感じられる人でも、見くびることは許されません。改めて学びなおしました。
「進太、何してるのよ。早くいらっしゃい」
祐子の声が響き渡りました。横に立つ霜月の大きな顔が笑っています。灰色の作業着を着て、黒いゴム長靴を履いています。魚の生臭いにおいが漂ってくるような格好でした。
「やあ、お前が進太か。親父の修太より背が高くて、立派に見える。いい男だから女にもてるだろう。連れの子供も美形だ。祐子が美少年を二人も連れてやってくるとは思わなかったよ。お互いに、年を食ったもんだ」
僕が自己紹介をする前に、霜月が大声を出しました。父の修太を知っている人たちは、僕と会ったときに判で押したような応対をします。姿形と女性にもてる話です。父がよっぽどだめな男だったのか、Mの養子に対する性的なサービスなのか、判断に迷うところです。恐らく後者なのでしょう。けれど、Mから性的な影響を受けなかった僕は戸惑ってしまいます。


ひとしきり挨拶を交わしあってから、僕たちは桟橋の上に並んで腰を下ろしました。霜月を真ん中にして僕と祐子が左右に別れ、晋介は僕の隣りに座りました。垂らした足の下で穏やかな波が揺れています。空は真っ青に澄み渡り、照りつける陽射しが暑いほどです。

「あれ、船が動かなくなってしまうよ」
突然、晋介が大声を上げました。全員がイカ釣り船を見つめます。確かに目に見えて喫水が下がり、灰色の貝がこびり着いた汚い船腹が露呈しています。
「ああ、引き潮だからな。こんなちっぽけな桟橋では干潮の時は使いものにならないんだ。でも、今日の漁は終わったからいい。夕方になれば潮が満ちる。今日は大潮だからすごいぞ。あそこに並んだ杭の列の半数が水没する。浜が見えなくなるほど、潮が押し寄せてくるんだ」
得意そうに霜月が説明しました。晋介がライカを構え、杭の間を引いていく潮の流れを一枚だけ写真に撮りました。霜月の説明へのサービスのようです。カメラで語りかける手口は見事なものでした。気分をよくした霜月が先を続けます。

「この入り江は私有地なのさ。浜全体を校長が所有している。校長は、弥生の親父さんの土地固有の呼び名だ。先代までは、この入り江を使って昆布漁の網元をしていたそうだ。半世紀以上昔の話さ。今は海が汚れてしまって、この辺では昆布は採れない。潮に乗って、流れ昆布が打ち寄せる程度だ」
尋ねる前に話は核心に入ってきました。弥生のお父さんの登場です。しかし、弥生の父が校長をしていたとは知りませんでした。

「弥生のお父さんが校長先生だったなんて、初耳だわ」
祐子が僕の疑問を口にしました。
「そのとおり。弥生が市で話していたように、実際は高校の化学の教諭だった。弥生が死んでから校長と名のるようになった。だから、土地固有の呼び名なんだ。親父さんは、まだ一人娘の死を受け入れられないでいる。弥生に工学部を卒業させて、海炭市にできたばかりの私立の工業大学の研究室に入れるつもりだった。四年間手放した弥生をずっと側に置いて、ゆくゆくは教授になってもらうのが夢だったと言う。けれど、弥生は死んだ。夢も雲散霧消してしまった。生きる希望に見放された心のバランスを取るには、自分が偉くなるしかなかったのだろう。俺が刑期を済ませてここを訪ねてきたときには、もう自他共に校長と呼んでいた。後で案内するけど、ぜひ校長と呼んでやってくれ」

無骨な外見に似合わない、しんみりとした口調で霜月がいわれを告げると、祐子の肩が微かに震えました。全身で共感をあらわしている風情です。
「悲しい話ね。生きる意味を失った者の気持ちがよく分かるから、きっと私に青酸カリを送ってくださったのね。失礼だけれど、こんな寂しい海岸に閉じこもってしまった霜月には、生きる希望があるの」
大胆なことを尋ねました。話の行きがかりなのですが、余裕を失いかけた祐子の態度が、僕をはらはらさせます。沈黙が落ちました。間近に聞こえていた波の音が遠く去っていくような気がします。引き潮の響きなのでしょう。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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