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11.心を病む人(2)

「先生は二階の閉鎖病棟でお待ちです。私がご案内します」
看護婦が僕に言って、右手の階段に向かいました。閉鎖病棟という独特の言葉が僕を緊張させます。もうじきMに会えるのです。しかし、階段を一段上がる度に、脅えに似た感情が全身に広がっていきます。精神を病んだMに会うのです。なんと言って呼び掛けたらいいか、必死で考えました。

二階に上がると、狭いホールの先全体が病棟になっていました。入口の大きなガラス扉には錠が下りています。看護婦が腰に吊した鍵で錠を開きます。扉を入った先は小さな体育館ほどもあるフラットが広がっていました。三つの大テーブルと多数の椅子が不規則に置かれています。
南に開いた大きな窓からは、曇り空の下に広がる山林が望めます。リゾートホテルのラウンジのような景観です。思い思いの格好をして、座ったり、ぶらついたりしている十人ほどの患者さえ、宿泊客のように見えます。

北側の壁面にもガラスが張られていました。けれど、ガラス越しに見えるのは風景ではありません。医局と書いたラベルが貼られ、数人の看護婦と医師が立ち働いている姿が見えました。
医局の隣が院長室です。正面の大きな机の前に白衣を着た中年の男が座っています。ガラス越しに晋介に手を振って、笑い掛けてきました。壇原先生です。看護婦が大きくドアを開けて、僕たちを院長室に通しました。

「いらっしゃい、晋介と会うのは久しぶりだね。さあ、ソファーに掛けなさい」
椅子から立ち上がった壇原先生が、満面に笑みを浮かべて僕たちを迎えてくれました。髪に白いものが混じっていますが、逞しい身体つきをして長身です。全体に疲れた雰囲気が感じられます。でも、僕たちを心から歓迎しているのは明らかで、優しそうな目がなごんでいました。僕と晋介は、勧められるままソファーに腰を下ろしました。
看護婦が病棟に面した窓にブラインドを下ろしてから部屋を出ていきます。僕は立ち上がって自己紹介しました。焦りを顔に出さないように注意しながら、病院に来るまでの事情を話します。笑顔で聞いている壇原先生の表情が、道子さんの話になると引き締まりました。真剣な顔で最後まで聞き終わると、目を閉じて腕組みをしました。沈黙が僕を不安にさせます。先生の閉じた目をじっと見つめました。

「進太さんの話はよく分かりました。養母のMさんの事件を、この街に着く早々聞かされれば、気が動転して当然です。大変な思いをしましたね」
目を開いた先生が、腕組みを解いて静かな声で言いました。落ち着いた、理解溢れる言葉が安心感を与えます。安心ついでに、頼み事をしてみます。
「先生、僕を進太と呼んでください。晋介とは、一つしか歳が違いません」
「ああ、構いません、進太と呼びましょう。でも、進太が知りたい事柄は、あなた自身に関することです。晋介が同席しても構わないのかな」
さりげなく言ってくれた注意が身に染みました。医療技術者の誠意を感じました。思わず隣りに座る晋介の横顔を見ました。すぐにも立ち上がり、部屋を立ち去る意志が伝わってきます。僕は反射的に口を開きました。
「はい、一緒にいて欲しいんです。万一僕が動揺したときは、きっと晋介が制御してくれます」
答えを聞いた晋介が、自信を持って座り直す気配がしました。目の前の壇原先生が苦笑しました。

「分かりました。晋介のためには席を外して欲しいのだが、晋介を信頼してくれる進太の気持ちもうれしい。話を進めましょう」
何気ない答えの中に先生の苦渋を見る思いがしました。僕はひやっとして、隣の晋介を盗み見したくなりました。
信頼という言葉を借りて、僕は、個人的な問題を晋介に共有させようとしている。Mが繰り返し言っていた、自立した責任と人格を見失ってしまったようです。心の底に冷え冷えとしたものが広がりました。眉をしかめた壇原先生の顔に、悲しそうなMの表情が重なりました。声にならない悲鳴が喉元まで込み上げてきたとき、先生の声が聞こえてきました。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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