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9.旅立ちの予感(2)

モノクロームの作品は、ワイド四つのサイズでした。
画面前方に向かって、大きな川が流れ下っています。左サイドはススキが生い茂る葦原です。遠景には小さな山並みがあり、空全体にちぎれ雲が流れていました。遠い山並みの上にかかった雲間から夕日の残光が一条、スポットライトの光束のように川面を貫き、葦原に向かって延びています。折しも風が渡っていったのでしょう。川面とススキの原に風の道筋があらわれています。夕日を浴びて白く輝く穂先が風にそよぎ、さざ波立った川面で光が乱反射しています。その幻想的な夕方の一瞬を、晋介が写真に切り取って永遠に昇華させたのです。
さざ波と、ススキの穂を繋ぐ風の道が白いハイライトになっています。遠景から前景にかけては、絶妙のグラデーションで真っ黒なシャドウが落ち込んでいます。白と黒の単調な色合いですが、その階調を通して無限の色彩が乱舞していました。
傑作です。僕は思わず、声に出して唸ってしまいました。


「気に入ってもらえたかな」
急に、背中から声がかかりました。晋介です。ちょっぴりシャイな響きがこもっていました。当然、賞賛のうなり声を聞いたはずです。僕も晋介に劣らずシャイなので、答える気にもなれません。振り返らずに作品のタイトルを見直しました。
「夕日のきれいな街」に続いて「渡良瀬橋から」と小さなコメントが書かれてあります。
「ワタラセバシと読むのかな。きれいな語感だね」
そっとつぶやいてから、後ろを振り向きました。晋介が最高の笑顔でうなづいています。いつの間に買ったのか、新しいジーンズの上にサマーウールのブレザーを着ています。インナーは白いシルクのモックタートルでした。相変わらず首からライカM2をぶら下げた姿は、背伸びをして芸術家を気取った子供以外の何者でもありません。せっかくの傑作写真が台無しです。

「変な格好に見えるかな。このデパートで最高の品なんだけどな」
僕の顔色を見て、心細そうにつぶやきました。自信たっぷりだった肩が、すとんと落ちます。僕は堪えきれずに吹き出してしまいました。確かに、紺色のブレザーは高校の制服にも見えます。しかし、晋介が言ったように、バーバリーのブレザーでは高級にすぎたようです。嫌味が鼻につきます。
「いや、よく似合っているけれど、晋介らしくないよ。バーバリーとシルクでは余りにも決まりすぎだ」
笑って答えると、晋介が鼻を鳴らしました。成金趣味と思われたと誤解したようです。
「十万円の商品券をもらったから仕方ないんだ。この店でしか使えないから、思い切って高いものを選んだ。でも、考えてみると貧乏くさいね」
晋介が訳の分からないことを言いました。ホテルに戻らなかった晋介に、何があったか僕は知らないのです。思い切り怪訝な顔をして晋介の目を見つめてやりました。

「ごめん、進太さん。俺、ホテルに帰らなかったもんね。じつは、この百貨店の会長さんの家に泊まったんだ。その親父が大の写真好きで、俺の作品を譲ってくれと言ってせがむんだよ。まだプロじゃないと言ったら、金でなく商品券をくれた。オリジナル・プリントを手放すのは嫌だったけど、その親父がすごく作品を気に入ってくれたので、うれしさに負けて手を打ってやった」
すまなそうな声を出したのは、最初の謝りの言葉だけでした。後の言い訳を話す晋介は、得意そうに小鼻を膨らませていました。しかし、たとえ自社限定の商品券とはいえ、一枚の写真が十万円で売れたのです。自慢するのも無理ないことです。僕も、晋介の写真が認められたことを喜ぶのにやぶさかでありません。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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