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10.夕日のきれいな街(2)

タクシーは電線を地中化したメインストリートを快調に走っていきます。
「この先に、日本最古の大学があるんだ。俺の家はその向かいにある」
気を取り直すように晋介が声を高めました。雨に煙る車窓に、古びた木造の門が見えました。重要文化財だという大学の門も、雨の中では煤けて見えます。晋介の指示で右折した先の、コンクリートの門の方がよっぽど立派に見えました。
タクシーは門内に進入し、二階建ての小さな病舎を回り込んでいきます。
「本院といっても、みしめた診療はしていないんだ。糞親父が保険診療外の特別な患者を診ているだけさ。金稼ぎの自由診療だよ。でも、郊外にある別院はいい。院長の壇原先生は尊敬できる。理事長の親父とは大違いだ」
憎々しい声で晋介が解説しました。その糞親父が住んでいるという重厚な母屋の隣りに、二階建ての古い洋風建築が見えました。玄関前の狭い車寄せにタクシーが停車します。

「さあ、着いたよ。この離れが俺の城だ。親父も入れない」
厳しい声で言って晋介が料金を払い、タクシーを降ります。雨の中で両肩を怒らせ、身構えるように立っています。僕もつられて、身体を硬くして降り立ちました。
「お坊っちゃん、お帰りなさい。食事の支度がしてありますよ」
去っていくタクシーの影から黒い傘を差した老婆があらわれ、かん高い声で呼び掛けてきました。老婆をみとめた晋介が、とたんに笑顔に代わります。
「タケさん、ありがとう。車内電話で急だったから迷惑を掛けたね。後はみんな俺がするから、母屋に下がってくれていいよ。こちらは進太さん。俺の先輩だ。しばらく泊まるから、よろしく頼む」
優しさの溢れた声で答え、晋介が僕を紹介しました。僕は慌てて挨拶をして、頭を下げます。タケさんは丁重に頭を下げて、歓迎の言葉を長々と口にしました。晋介が照れたように右手を振ってタケさんを追い払います。やっと年相応の晋介が戻ったように見えます。タケさんは何回も僕に頭を下げてから、名残惜しそうに母屋の方に戻っていきました。晋介はじっと見送っています。後ろ姿が母屋に消えると同時に口を開きました。

「タケさんは、俺が生まれる前から母屋に住み込んでいるんだ。親父が見知らぬ女を連れ込んでからは、もっぱら俺の世話をしてくれている。この家で気の許せる、たった一人の婆さんさ」
問わず語りにタケさんのことを紹介しました。複雑な家庭の事情がかいま見えます。名門の生まれも楽ではないようです。精一杯背伸びして生きているような、晋介がかわいそうになってしまいました。
「さあ、進太さん。中に入ってくれよ。タケさんのつくった飯はうまい。さっそく乾杯しようよ」
明るい声で僕を促しました。玄関に入る前に、僕は晋介の顔を正面から見つめます。
「晋介の両親に挨拶しなくていいのかい。僕は、礼儀知らずだと思われたくない」
率直に尋ねました。一応の筋は通したいと思ったのです。晋介と両親の間の問題は直接僕に関係ないはずです。
「必要ないよ。進太さんは俺の客だ。タケさんも認めてくれた。それで十分だ。ついでに言うと、俺に両親はいない。親父と暮らしているのは見知らぬ女だ」
にべもなく答え、晋介が僕を玄関の中に押し込みます。もう僕に言うことはありません。高価な建材を選んで建てた離れの奥に進んでいきました。

僕たちはタケさんの心尽くしの手料理に舌鼓を打ってから、明日の予定を話し合いました。やはり、朝一番に市役所に行き、祐子が告げたMの本籍地を確認することにします。晋介も一緒に行くと言ってくれました。けれど、晋介は中学生です。ほとんど学校へ行かなかった僕ですが、自分のことを棚に上げて心配になりました。
「明日は月曜日だ。晋介には学校があるんだろう」
おずおずと、学校のことを切り出してみました。
「ああ、そうだよ。学校はある。でも、登校するか、しないかは、俺が決める。進太さんも、自分で決めてたんじゃないの」
平然とした答えが返ってきました。それに、図星を指されてしまったのです。これ以上、異論はありません。街をよく知っている晋介の同行は、大歓迎です。大きくうなずいて、右手を差し出しました。満面に笑みを浮かべた晋介が、力強く手を握り返してきました
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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