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10.夕日のきれいな街(3)

市役所の戸籍係で担当職員に事情を話すと、Mの除籍謄本をあっさり交付してくれました。微かに震える手で料金七百五十円を払い、高ぶる気持ちを抑えてロビーのソファーに腰を下ろしました。白い封筒を開き、謄本を取り出します。横からのぞき込んでいる晋介の息が紙片を広げる手にかかりました。
「全員消されている」
晋介がつぶやきました。除籍謄本ですから当然です。見開きになった紙面に記載された三人の名前が斜線で消されていました。両親はMが五歳の時に揃って亡くなっています。死亡地はアメリカでした。事故に遭ったのかも知れません。天涯孤独と言っていたMの言葉が耳元に甦りました。つい目頭が熱くなります。ぐっと堪えて住所欄の文字を読みます。けれど、見知らぬ地番が書き連ねてあるだけで、何もイメージできません。

「この地番だと、きっと役所の近くだよ。住宅地図を借りてくる」
晋介が言い残して、総合案内所のカウンターに跳んでいきます。土地の住人は頼りになります。心の中で感謝しました。
分厚い地図帳を持って戻ってきた晋介が、慣れた手つきでページを繰ります。
「ほらここだよ。ここは化け物屋敷があった場所だ」
晋介が興奮した声を出しました。Mの本籍地の現況が分かったのです。それも、晋介が知っている場所で、しかも、化け物屋敷だと言うのです。僕は驚きで声も出ません。晋介が指し示す地図上の地点を、食い入るように見つめました。
「近いよ。ここから歩いて二十分。いや、十五分でいける。でも、化け物屋敷は火事で焼けた。ほら、この地図は出たばかりの最新版だから、ただの空き地になっている。去年までは、荒れ果てた屋敷があったんだ」
晋介の言葉が右の耳から左の耳へと通り抜けていきます。僕はまだ判断力が戻りません。晋介が言うほど荒れ果てた屋敷なら、年代的にはMの生家に違いないはずです。急に膝頭が震えてきました。
「行こうよ、進太さん。焼け跡に行ってみよう」
頭上から晋介の声が降ってきました。僕は黙って立ち上がります。目の前に興奮した晋介の顔があります。僕は、どんな顔をしているのでしょう。きっと間抜けな顔をしているに違いありません。Mが見たら嘆くと思った瞬間、ようやく全身がしゃんとしました。

改めて、晋介が知っている事実を問い直しました。しかし、確認できたことは、市役所から歩いて十五分ほどの所にMの本籍地があるということ。晋介が幼いころから、その場にお化け屋敷と呼ばれる古い空き家があったということ。その空き家が去年の火災で消失したということの三点でした。さすがの晋介も、それ以上の事実は知りません。
晋介が提案したとおり、現地に行って確認するのが最善の道です。近所の人が事情を知っているかも知れません。幼かったころのMや、両親と死に別れた後のMの身の振り方など、当時の情報に詳しい古老がいる可能性もあります。しかし、女々しいようですが、Mの墓を暴いてしまうような恐れも感じています。たとえMの来歴を知ったからと言って、これまでのMがどうなるものでもありません。けれど、僕が抱いているMのイメージが変わってしまうような気がして、妙な気後れが後ろ髪を引くのです。それほどMが、僕にとって偉大だったということの証です。同時にまた、まだ見ぬ幽霊を怖れて逡巡しているような、恥ずかしさも感じています。しょせん僕が決断するしかないのです。いまさら山地に逃げ帰るわけにはいきません。

思い切って市役所を後にして、Mの本籍地に向かうことにしました。

たちは小高い山に沿った用水路沿いの歩道を、西に向けて歩いていきました。左手は二車線の市道で、車が連なって走り抜けていきます。かろうじて雨は上がっていますが、どんよりと曇った空が頭上を覆っています。並んで歩く晋介は天気にお構いなく、高ぶった気持ちを全身であらわしています。僕をリードする歩みがますます速くなっていきます。
十五分近く歩き続けると、全身から汗が滲み出てきました。湿気の密集した蒸し暑い空気が僕たちを包み込んでいます。
「ほら、もう見えたよ。あのお寺の手前なんだ」
晋介が大きな声で言いました。確かに寺院の真っ黒な甍が曇り空の中に沈んでいます。背後の山の斜面全体を墓地にした壮大な寺院でした。白い塀を巡らせた敷地の隣りが百坪ほどの空き地になっています。

「焼け跡が残っている。ここだよ」
晋介が叫んで、空き地を封鎖した針金を乗り越えて侵入していきます。僕も後に続きました。屋敷があったと思われる敷地の北側には、草一本生えていません。黒々とした土に、いまだに焼け落ちた材木や焦げた瓦のかけらが混じっています。褐色に変色した白塀が、火勢の凄まじさを現在に止めています。近所と呼べる家も、お寺以外にありませんでした。
僕たちは靴の先で土をつつきました。この土地にまつわる伝承を掘り起こしているような気分になります。しかし、焼け焦げた土地は何一つ語ろうとしません。僕と晋介は虚しく顔を見合わせました。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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