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8.海辺の情景(7)

「祐子の言うとおりかも知れない。妄想を追うのは校長一人でたくさんだ。焼死した校長の遺体を、屋敷の庭で見付けたよ。俺はびっくりして、足跡を追ってきたんだ。済んだことは仕方がない。後始末は俺がするよ。この辺は人気もないから、まだ間に合う。祐子はひとまずホテルに戻っていた方がいい。後で必ず迎えに行く」
しっかりした声で呼び掛けました。常識が甦りました。
「そうだよ。ホテルに帰って風呂に入ろう。服を着るんだ」
素早く僕が口を挟みました。祐子が大きく首を左右に振ります。
「いいえ、私は、生まれたままの姿で霜月の所へ行きたいのよ。持ってきた荷物はすべて要らない。さあ、霜月、行きましょう」
霜月の大きな手を握った祐子がマットレスを下ります。さすがの霜月も現実の官能に未練があるのでしょう。逞しい裸身が従っていきます。
僕は慌てて砂丘を駆け下りました。遠ざかっていく二つの裸身に大きな声で呼び掛けます。

「色キチガイ、セックスするのが、そんなにいいのか」
悲痛な声を出したつもりでしたが、耳に届いた叫びはごく軽い響きでした。歩みに連れて揺れていた悩ましい尻の動きが止まり、祐子が振り返ります。
「ええ、とってもいいわ。Mの気持ちがやっと分かった。ねえ、進太、Mがいなくても生きていけそうだわ」
明るい声が戻ってきました。僕の口許に苦笑が浮かびます。死んでしまうより、官能を求める方がいいに決まっています。でも、Mの気持ちが分かったなどと言って欲しくありません。抑圧してきた性を解放したくらいで舞い上がってしまった祐子に、はっきり言ってやることにしました。
僕は、大きく一歩を踏み出しました。
「祐子が官能を求めるのは勝手だ。でも、Mは、希望のために官能を追ったんだ。死ねないから官能を求めたんじゃない」
聞いていた祐子の顔が、見る間に泣き顔に変わりました。けれど、すんでの所で踏みとどまります。奥歯を噛みしめて僕を睨みました。どうやら、泣き虫の祐子は消え失せてしまったようです。

「そんなことは、百も承知よ。私は今、過去から一歩を踏み出したところなの。Mに代わって自分を祝福したくらいで、目くじらをたてる進太が子供なのよ。私は、進太の方が心配よ。あなた一人で、Mを捜し出せるの。ねえ、自分の戸籍を見たことがあるの」
静かに答えた祐子が、最後に突飛なことを口にしました。僕は反射的に首を左右に振ります。
「海炭市に来る前に、Mの戸籍を取ってみたのよ。当然進太の戸籍でもあるわ。Mの両親も分かったし、生まれ故郷も分かった。Mは晋介が住む、夕日のきれいな街で生まれたのよ。私の代わりに、晋介に連れていってもらいなさい。Mを捜す手掛かりが掴めるかも知れないわ」
耳の底で祐子の声が反響しました。僕はぼう然と砂浜に立ち尽くしたまま、手を振って去っていく二つの裸身を見送りました。

未来に一歩を踏み出したという祐子が、いつもの説教の代わりに、奇妙な事実を告げたのです。まるで波間で揺れていた祐子のように、あやふやな置きみやげでした。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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