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7.父の妄執(4)

霜月が作ってくれたイカ料理は最高の味でした。昨夜食べたイカ・ソーメンとは雲泥の違いです。
「うまい、このイカは白くないよ。生臭くない」
一口食べた後の、晋介の率直な感想でした。
「ハハハッハハ、生きているイカは透明なんだ。海の中には白いイカなんて泳いでいない。それは死んだイカだ」
得意満面な表情で言って、霜月が大笑いしました。確かに生け簀に入れてあった、とりたてのイカは新鮮です。生まれて初めて味わう美味に舌鼓を打ってしまいました。

「それに、だし汁が違う。校長の家に保存してあった、最高級の昆布を使ったんだ。さすがに網元だっただけのことはある。ストレートに味にでるんだ」
いささか自慢が鼻に付きますが、霜月には調理人の才能があるようです。発散されたエネルギーも一直線に伝わってきました。今の霜月は透明なイカになっています。これが本当の希望だと思わずにはいられません。祐子も珍しく目を細めて霜月を見ています。楽しい食事の時間が続きました。霜月は、ウイスキーの大瓶を持ち出して陽気に飲んでいます。
僕は、このままの気分で帰りたくなります。

「おい、進太、さっきの問いに答えてやるよ。セックスの話だ」
酔いの回ってきた霜月が、絡みつく声で言い寄ってきました。とたんに気分が落ち込んでしまいます。またもや創作の世界が繰り広げられるのです。おまけに酔っていては、もううんざりです。
「もういいですよ。忘れてください」
両手を振って答えましたが、霜月は取り合いません。オートマチックに話しを続けます。
「まあ、聞けよ。俺は十五、十六の小僧と違って、セックスなんかに興味はないんだ。大人は心だよ。父も心だ。俺と校長は、毎日弥生の話をする。その度に弥生は美しくなり、偉大になる。弥生は、肉体を失ったおかげで女神になった。女神といっても君臨し、あがめ奉られるんじゃない。俺と校長を優しく包み込んでくれる、身近な女性なんだ。一過性のセックスなんかに代えられるもんじゃない。俺は、永遠の恍惚を弥生と共有している。ピアニストとセックスしたから、なんだというんだ。もう弥生はそんな世界にいない。ピアニストだって死んだ。弥生は、俺たちの世界にいるんだ」

口から唾を飛ばして、霜月が息巻きました。再び白いイカに変わってしまったようです。創作を通り越した、盲信の世界が開かれてしまいました。僕も感想を直截に言うしかありません。
「十分納得できる話ですね。しかし、僕の見方は違う。弥生もピアニストも死んで彼岸にいます。正常な想像力で考えれば、二人はその彼岸で結ばれてセックスを続けているはずですよ。けして、あなたや、校長さんの世界に帰ることはない」

「やめてよ。進太、やめなさい。あなたに霜月を貶める権利はないわ」
怒りで顔を真っ赤にした霜月が僕を殴りつける前に、祐子が割って入りました。いささかホッとしましたが、大きな不満が込み上げてきます。いつも祐子は最終の局面で逃げるのです。僕の勇気を見ようとはしません。
「霜月も、飲み過ぎだわ。さあ、校長さんの家に案内してちょうだい」
取りなしの言葉を言って、祐子が立ち上がります。足下をふらつかせながら、霜月も立ち上がりました。二人で、浜に向かって歩き出します。僕と晋介は座ったままです。
「一緒に来ないと、置いて行くわよ」
振り返った祐子が、子供に呼び掛ける口調で叫びました。もどかしい怒りが喉元まで込み上げてきました。

「進太さん、次のラウンドがあるよ」
晋介が声をかけて立ち上がりました。僕も歯を食いしばって後に続きます。確かに、機会は何度でもあるはずです。その機会を見送り続けてきた大人たちと違い、僕は今度こそ機会の首根っこを捕まえてやるつもりです。
全身に勇気がみなぎってきました。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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