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4 渓谷(4)

「何をしているんだ。お前の家に寄ってきた所なんだぞ」
不意に対岸から大声で呼び掛けられた。
ギョッとして声の方を振り向くと、ジャンパー姿の緑化屋と白髪の老婦人が、あっけにとられた顔で陶芸屋を見ている。白髪の老婦人は町医者の奥さんであることが知れた。

「いや、ちょっと取り込み中なんだ」
「困るじゃないか。産廃処分場が及ぼす悪影響についてのリポートを、県知事に出すことは言ってあったはずだ」
「俺は専門的なことは分からないよ」
「誘致反対の要望書も添えたいんだよ。あんたのサインと印がいるんだ」

「明日にしてくれないか、」
陶芸屋が答えきらないうち「アッ」という叫びが、町医者の奥さんの口から洩れた。
気付かれたと思ったとき、緑化屋の興奮した声が耳を打った。
「あの女は何だ。裸で吊り下げられているぞ。どうしたんだ、早く助けないと大変なことになるぞ」
「川沿いの岩の上にいるのは修太ちゃんよ」
俺の方が大変なことになったと、陶芸屋は頭を抱え込んでしまった。

「父ちゃん。大変だよ。Mがぐったりした」
修太のかん高い叫びが耳を打った。慌てて下を見ると、まるで人形になってしまったように、Mの裸身が無機的に揺れている。さっと頭から血が引いて行くのが分かった。震える手でウインチを操作するが、思うように動かない。
鉄骨伝いに鉄橋を渡って来た緑化屋が陶芸屋を押し退け、ウインチのストッパーを外した。レバーを動かし、ワイヤーをゆっくり引き上げ始める。

「そうだ、ストッパーだった」
力無くしゃがみ込んだ陶芸屋の口から、情けない声が洩れた。
緊縛された足首が手の届く所に上がってくる間、陶芸屋には永遠に近い時間が流れたように思われた。
てきぱきと事を運ぶ緑化屋を手伝い、引き上げた足首をしっかりと両手で支える。手に伝わる冷たい肌の感触が、陶芸屋の全身を凍らせる。

早く全身を引き上げようと、両手に力を入れると、Mの腰縄に手をかけた緑化屋の叱責を浴びる。
「だめだ。ゆっくり引き上げるんだ。鉄骨に当たって肌が破れてしまうぞ」
二人で裸身を抱え上げ、ようやく水平にした足首からウインチのフックを外す。脚を持った陶芸屋が急いで足首を縛った縄を解き、岸に運び込もうとすると、胸を抱えた緑化屋が押しとどめた。

「そっちはだめだ。俺の車に行こう。奥さんもいるから看てもらえる」
対岸の道路に止めた白いステーションワゴンを顎で指す。車の前に、心配そうにこちらをうかがう町医者の奥さんの顔が見える。看護婦の資格を持った奥さんがいれば安心なはずだった。
仕方なく従おうとすると突然、緑化屋が両腕で抱えた裸の胸に顔を寄せる。陶芸屋がギョッとしたときにはもう、上下を黒い麻縄で緊縛された左の乳房に耳を当てていた。

「大丈夫。鼓動はしっかりしている。さあ、行くぞ」
緑化屋の声に、ほっと胸をなで下ろしたが、すっかり仕切られてしまった陶芸屋は憮然とした表情になる。
ワゴンの後部ドアを開き、緑化屋が一歩車内に入った。

「私は大丈夫。頭に血が上ってしまっただけよ」
カラッとしたMの声が響き渡った。
「それから、私も産廃処分場に反対することに決めたわ。ここで暮らす人たちには、この沢が必要なのね。逆さまになって渓谷と一体になったとき、よく分かったわ」
宣言するように大声で言ったMは、脚を抱えた陶芸屋を蹴って遠ざけ、ワゴンの床に腰を下ろした。

慌てて手を離した緑化屋を、Mが振り返って見つめる。
「ありがとう」
明るい声で言ってから、大きく息を吸って立ち上がった。足を開いて大地を踏みしめ、後ろ手に緊縛された胸を張った。ゆっくりと周囲を見回す。

「逆さまの世界もいいけれど、普通の世界も、まんざら捨てたもんじゃないわ」
平然と言ってのけたMの顔を、全員の目が見つめた。

「Mっ」
対岸で修太の叫ぶ声が響いた。
さっと、ガードレールの前まで走ったMが、修太に向かって緊縛された裸身を左右に振る。
三人の目の前に、Mの後ろ姿が残された。
すらりと長く伸びた脚の上で、豊かに引き締まった尻が奔放に左右に打ち振られている。
とんでもない散歩になったと、陶芸屋は後悔した。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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