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- 2011/01/13/Thu 15:00
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- 第3章 -廃鉱-
その時、役場の構内に白い大型のベンツが滑り込んで来た。スモークフィルムが張られた車内は見えなかったが、モクセイの木陰で停車したまま大きなエンジン音を轟かせている。
ちょうど役場を訪れる人が途切れたときだったので、Mはベンツに近付き、運転席の窓をノックした。
音もなく黒い窓が十センチメートルほど下ろされた。
「産廃処分場の建設に反対してください」と言ってビラを差し出す。細い女の手が伸びてビラを受け取り、後部座席から「ありがとよ」と言う掠れた声がした。
聞き覚えのある声に車内を良く見ようとしたが、視線を遮るように窓はすぐ閉められてしまった。
ちょうど右手からやってきた青年にビラを配ろうと、ベンツに背を向けて小走りに急ぐ。
「この写真のモデルは誰。きれいな身体だね。この町には、こんないい女はいないんじゃない」
ビラを手にした青年が無邪気に話しかける。
「モデルは私に決まってるでしょう。そんなに気に入ったのなら君も産廃処分場に反対してよ」
目を丸くした青年に楽しそうに訴える。
突然、背にした役場の玄関口で、軋むような金属音が響いた。
ぎょっとしてMが振り返ると、玄関のスロープに車椅子が見えた。二十分ほど前にビラを手渡した十七、八歳のかわいらしい身体障害者の少女が乗っている。
車椅子を後ろから押す真っ黒な巨体が目に飛び込んできた。少女に微笑み掛けようとしたMの顔が急にこわばる。とてもボランティアなどに見えるはずもない産廃屋が、凄い力で車椅子を押して走って来る。車輪の軋む音が静かな役場の構内を圧した。
産廃屋が手を離すやいなや、スピードの乗った車椅子はまっすぐMに向かって突進した。
「キャー」という少女の悲鳴が響く。
Mは反射的に手に持ったビラの束を投げ出し、腰を落として両手を広げ、身体全体で車椅子を受け止めた。
胸と膝に強烈な痛みが襲い、全身に衝撃を感じた。少女の細い身体がMに倒れ掛かり、反動で車椅子が斜めに転覆した。
仰向けに転倒したMは、両手で少女の細い身体をきつく抱きしめてコンクリートの地面から守った。
「ふざけたことをするんじゃねえ」
頭上で大声が響き渡り、怒りで顔を真っ赤にした産廃屋が落ちていたビラの束を蹴散らしていく。憎々しくビラを蹴り散らす足が、仰向けになって少女を抱いたMの尻を蹴りつけた。
身体障害者の少女まで巻き込んだ、最悪の嫌がらせだった。
「卑怯者め」
渾身の力を出して叫ぶと、見下ろす産廃屋の顔に薄笑いが浮かんだ。
「とっとと帰るんだな」
一声言った産廃屋は、もう一度Mの尻を蹴りつけ、きびすを返して玄関に向かった。真紅のスーツを着た秘書役のカンナが、無表情に後に続いて役場の中に入っていく。
コンクリートの上に仰向けになったまま、Mはほっと息を吐き周りを見回す。
傍らに、ビラを手にした青年がぼう然として立っている。広い役場の構内のそこかしこに二十人ほどの人が、息を潜めたまま成り行きを見守っているのが見える。
狭い町のことだ。美しい五月の午後に役場で見た信じがたい光景は、ビラとともに住民の間に伝えられていくはずだった。
痛む身体全体が思わず高揚してくる。全身を賭けて車椅子を止めたお陰で、最高のPRができたと思った。口元に笑いが込み上げてくるのが分かる。
Mの笑顔を見て安心したのか、そばに突っ立っていた青年が屈み込み、倒れていた車椅子を引き起こしてくれた。