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7 分校(1)

夏休みは都会に帰ろうかとセンセイは思った。
元山地区の分校に付属している教員宿舎で、終業式に合わせた白いワンピースに着替えながら、眼鏡の縁を右手の人差し指で上げた。
指先を見つめ、つまらない癖だと思う。都会に帰ればコンタクトレンズにして髪を茶色に染めることもできる。若さと情熱に任せて分校の教師を引き受けているといった、殊勝な教員のイメージを捨て去ることができるのだ。別に、嫌いなイメージではなかったが、助役の好みで装っているスタイルに執着は感じなかった。

「変わった男だわ」
センセイは助役との出会いの時を思い出してしまう。都会でクラブのコンパニオンをしていたときから、もう二年も経ったのだ。クラブといっても三流の場所だった。酔客に身体を触られることも珍しくはない。

体罰教師の汚名とともに有名私立の教職を追われ、いっそのことと飛び込んだ夜の世界で出張中の助役に出会った。
常連客に連れられてきた助役は、もちろん身分を隠していたが、酒を注ぐセンセイの身のこなしに厳しさがあると、場違いなことを言ったのだ。その一言に気を許し、酔いに任せて前歴を話してしまったセンセイは、身体で誘うコンパニオンとしては失格だったが、厳しい躾を肯定する助役とは意気投合してしまった。

その夜、久しぶりに気持ちの晴れる思いをしたセンセイは、誘われるままに助役のホテルに同行した。
しかし、父ほどの年齢に近い助役はセンセイを抱こうともせず、頻りに母の思い出話をするのだった。幼いころに亡くなって教職にあったという母。その母に生き写しとまで言われ、センセイはくすぐったい気持ちになった。髪を染め、ピアスを飾って大きく胸を開けた姿態に重ね合わされたという、助役の母親像に疑問を持ったりもした。でも、町の助役という身分を明かされ、代理教員として鉱山の町に来て欲しいと言われた時にはびっくりした。即座に、その場しのぎで生きることをやめる決心が付いた。
別に楽しんでしているコンパニオンではなかったし、三人しか子供がいないという山の分校にも興味が湧いてきた。どうしようもないマザーコンプレックスの中年男に、今後を託すのも面白いと思ったのだ。

その助役から先ほど、電話がかかって来た。
一緒に出掛ける予定になっていた一泊の温泉旅行に行けなくなったというのだ。
県知事が、産業廃棄物処理施設の建設を認可しない腹を固めた、という情報が入ったのだという。町の方針を巡って助役は忙しくなるのだろうと、センセイは思った。でも、「私に関係がないことだ」とも思う。

「私は、助役を通してだけこの町と繋がっている」と感じ続けていた。
子供たちからセンセイと呼ばれてはいても、分校や子供に愛着を感じることはできなかった。
特に、一言も口をきかない祐子には手を焼いていた。頭の悪い子ではなかったが、敏感すぎる神経がいちいち気に障った。立ち居振る舞いや礼儀など、成長してから必要と思われるしつけをしてきたが、一向に聞こうとはしない。口答えをしない代わりに、反抗的としか思われない目で、怖じる気配もなくじっとセンセイの目を見つめる。まるで世界の一切を、既に知っているのだという目で見つめるのだ。かわいくない子だと、つい思ってしまう。それに、もう三度も、センセイの目を盗んでいなくなってしまった。祐子に試されているのだ、と思う以外になかった。

その祐子に迎合するかのように、気の弱い光男が行動する。決して祐子に口をきいてもらえるわけではないが、祐子に気持ちを添わせることで、どうしようもない気の弱さを補っているとしか思えなかった。幼児のころに両親を飛行機事故で一瞬のうちに亡くし、こんな山間に住む祖母に引き取られた光男の、やるせない気持ちは分からないではなかったが、弱い者同士で群れようとする行動が鼻に付いた。
やはり、単純明快な修太が一番安心して見ていられた。年相応というか、幼いというか、同じ生意気に見えても祐子と違い、底が割れていて邪気がなかった。

「コンプレックスは苦手だわ」
口に出して言ってみた。
子供が三人しかいない分校で、おかしな子が過半数を超えるのだから、二度目の教師商売も先が見えたと思ってしまう。おまけに、両親と暮らしている子は一人もいない。社会が複雑にねじれすぎているのだ。自分の経験だけで子供を処遇することは既にできなくなっている。やはり大人の世界がいつも、子供たちとは関係なく、勝手に正常という規範を作るのだとセンセイは思った。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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