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8 通洞坑-1-(1)

朝の九時前だというのに、大気はもう焼けるように暑い。
日差しはまだ、背後に立ち並ぶ山塊を越えて差し込んでは来なかったが、昨日さんざん炙られた地面が未だに熱の放射を続けているようだった。

Mは肩に下げた重いコンタックスAXを揺すって、元山渓谷への道を急ぐ。カメラは嫌がる村木から無理やり借りたものだ。広告会社の指示で、渓谷の写真を撮らねばならなかった。昨日受け取ったファックスには、休職を許可したのだからパンフレット用の写真を一枚撮れと命じてあった。どう入手したのか、Mがビラに使用したものと同じ図柄が欲しいという。ただし裸は要らないとのことだ。今更村木に頼むわけにいかず、仕方なしに撮影することにした。まだ退職したくなかったし、下流の市にまで、数少ないビラが行き渡っているのが嬉しかった。

この一か月、Mは町で開かれる産廃処分場反対のミニ集会に、毎日のように呼ばれ続けていた。
役場で配ったビラが、住民の間に大きな反響を呼んだのだ。
新たな鉱毒の恐れが、住民の不安を呼び起こしていた。既に鉱山と縁を切っている住民には、なんの遠慮もない。自分たちの暮らしが、健康が、阻害されることだけを恐れたのだ。そして何よりも説得力があったのは、この町のかつての繁栄の基礎を築いた元山鉱のあった場所に、未だに住み続ける住民がいて、その住民が体を張って、産廃処分場の建設に反対をしているという事実だった。

もう、知事も産廃処分場建設を認可することはできないだろうと、Mは思う。
やっと産廃屋を追い詰めたのだ。産廃屋に残された手段は、Mたち住民を谷から追い払うことしかない。できるはずがないとMは思いたかった。元山沢に住民がいる限り、谷は自然のまま残るに違いないのだ。
Mは目前の勝利を予感し、足取りが軽くなった。渓谷に近付いたためか、吹く風も涼しく感じられてきた。


Mはしっかりした岩を選びながら崖を下り、渦巻く渓流に大きく突き出た岩場にたどり着いた。村木が写真を撮った場所に違いなかった。
腰を落としてカメラを構える。ちょうど100ミリほどの画角で、村木の撮った写真と同様な構図ができた。ワイドレンズを使ったのかと思っていたが、鉄橋まで結構距離があったのだ。そのまま絞りを変えながら三回シャッターを切ったところで、白い大型車が対岸の道路を上って来て、鉄橋の前で停車してしまった。

思わぬ邪魔に創作意欲をそがれ、ファインダーから目を外して車を見つめた。一向に動かぬ車に腹が立ち、立ち上がったとき左側のドアが開いた。赤い服を着た女が車から降り立ち、後部ドアを開けた。半身を車内に入れて、しばらく何かしているようだ。やがて、二人寄り添うようにした子供が降りてきた。二人の子供を先にして三人で鉄橋を渡ろうとする。

おかしな三人組を良く見ようと、200ミリにズームアップしてファインダーをのぞく。フォーカスボタンを押すと電子音がしてピントが合った。
先頭を行く二人は男の子と女の子だ。下半身を剥き出しにされ、後ろ手錠に縛られていた。その手錠は二人一緒に縄で連結されている。ヨチヨチと危なげに、鉄骨だけになった鉄橋を渡って行く。渡って行くというより、渡らせられていた。

黒いザックを背負った女が手錠に繋いだ縄尻を手にして、子供たちを追い立てているのだ。
距離が開いているため、200ミリの望遠でも確かな表情までは見て取れなかった。しかし、女の雰囲気に見覚えがあった。タンクトップとジーンズという格好だったが、その赤い色がすぐ、産廃屋の秘書役のカンナを思い出させた。

「誘拐」という卑劣な言葉が即座に浮かんだ。慌てて子供たちを良く見たが、男の子は修太ではない。光男と祐子に違いないとMは思った。修太の姿が見えないことに安堵と不安が交差する。
三人が渓谷を渡って下るつもりなら、急げば三分で行き会えるはずだった。
Mはカメラを首に下げ、力強く崖を上り始めた。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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