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6 役場(3)

駆け寄って来た作業服姿の若い女性と二人で、Mが庇った少女をそっと抱き取り、車椅子に戻して座らせた。
元気良く立ち上がってジーンズの尻をはたくMと少女に、青年が「大丈夫ですか」と声をかけた。
「大丈夫」
少女がしっかりとした小さな声で答え、Mが大声で和した。
四人の間で笑い声が広がる。

「僕も産廃処分場の建設に反対します。それから、この子の車椅子は故障が心配だから、僕が押して送っていきます」
青年が力強く言った。
「でも、君はまだ、役場に行ってないでしょう。用事はいいの」
「いいんです。車が買いたくて印鑑登録に来たんだけど、今のオートバイで十分だと思い直したから、いいんです」
「そう、君には車よりバイクが似合うわ」
Mの答えに、青年は真っ白な歯を見せて笑った。
「今度、オートバイの後ろに乗ってください」
「もちろん乗せてもらうわ」
車椅子を押して遠ざかる青年の背に大声で答える。堅苦しい役場の構内に温かいものが流れ、周りで見ていた二十人近い人がそれを共有した。

Mは心持ち両足を開き、背筋を伸ばして黒いタンクトップの胸を大きく張った。
まぶしい光の中にたたずむ人たちに、これ以上はないという優しさを込めて、大きな声で「ありがとう」と言った。
溜息と、まばらな拍手がMの身体を包んだ。視線を落とすと、タンクトップとジーンズの胸から腰にかけて、白い二条の車輪の痕が見えた。追突の衝撃で落ちたレイバンのサングラスが転がっている。まき散らされて踏みにじられたビラを、作業服の若い女性と老女が集めてくれていた。

「きれいなビラは幾枚もなかったわ。悔しいわね」
作業服の女性が、ビラの束を差し出しながら言った。
「ありがとう。ビラは汚れてしまったけれど、ビラ以上のことを皆さんに知ってもらえたと思うの」
「本当にそうよ。私に汚れたビラを何枚かちょうだい。工事現場の仲間に配りたいの」
構内にいた人たちも寄って来て、ビラは瞬く間になくなってしまった。


「次はけじめだわ」
厳しい声でMは言って、右上がりにねじれてしまったオレンジ色のサングラスをかけ直し、役場の玄関に向かった。
玄関先で、勢い良く飛び出して来た村木と鉢合わせする。
「Mさん困るよ。僕の写真をあんなビラに使うなんて、僕困るよ」
Mの顔を見るなり泣き声を出す。
「あなたが撮った写真だなんて、誰も知るはずがないわよ」
「弱ったなあ。知っている人が来たから困ってるんですよ。僕は地方公務員ですから、政治的な動きは禁じられているんです。全体の奉仕者だから、一部の人の利益を図ることはできないんです。一部の人って、Mさんのことですよ。分かってるんですか。ねえ、困りますよ」
本当に泣き出しそうな声で村木は愚痴をこぼす。

「心配性が過ぎるんじゃない。もっとしっかりしなければ生きていけないわよ。あんな写真、Mが勝手に使ったんだって言えば済むことでしょう」
「でも、著作権がある。やっぱり僕の責任になりますよ」
「それも著作権侵害で私を訴えれば済む事よ。きっと産廃屋が何か言ったのね。さっき、あの人たちが来たでしょう。あなたの所へ行ったの」
「僕の所へなんか来ませんよ。今、凄い剣幕で助役さんと話してます。助役室のドアが開いていて、写真のことも聞こえたんです」
「早く、それを言うのよ」
言い捨てて、村木を置き去りにして役場の中に駆け込む。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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