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6 役場(1)

五月の連休が終わった後のさわやかな朝、Mはできあがったビラを役場の前で住民に配ることにした。
その日はちょうど、精錬所が閉鎖になり、この鉱山の町が鉱業と縁を切った記念日に当たっていた。
まっ青に澄みきった空が、ひときわ高い誉鉾岳の上空に広がっている。気温は高いが肌を掠める風は気持ちよい。
「美しい五月だ」とMは思った。

目前に迫った山並みを越え、役場の玄関先を照らし出した強い日差しが目に痛かった。グリーンのウエストバックからオレンジ色のサングラスを出してかける。黒のタンクトップからのぞいた白い肩の産毛が金色に染まった。
右手に持った手作りのビラごと両手を高く上げて、大きく伸びをした。山間の空気がおいしい。
「陶芸屋も来ればいいのに」と、Mは声に出して言った。

学校のある修太でさえ来たがったのに、中心になるべき陶芸屋は、展示会に出す作品の遅れを理由にパスすると言った。花見コンサート以来、急に陶芸に精を出すようになったのだ。
「根性なしめ」
また声に出し、ちっぽけな商店街へと続く役場の前の道に目をやった。

「初めてのお客さんだ」
うれしそうな声がこぼれる。
まだ開いていない床屋の角を曲がり、中年の男女が連れだって歩いて来る。
近寄って行ったMを避けるように進路を変えたが、構わず追って行って声をかけた。
「おはようございます。産廃処分場の建設に反対しましょう」と言って二人にビラを渡す。
怪訝そうな顔で「おはよう」と応えてビラを受け取った二人は、歩きながら目を通している。
「まあ」という女の声と、「ほう」という男の声が同時に聞こえ、後ろ姿を見送っているMを二人一緒に振り返った。
「頑張りなさい」
男が愉快そうな声で言い、女がそっと会釈をした。
「ヤッター」とMは思った。最初から、想像した以上の反響だった。

ビラはB五版の大きさだった。用紙を縦に使い、右側にキャビネ大に引き延ばしたカラー写真をタチ落としにして、縦位置においてあった。
写っているのは元山渓谷だ。美しい山並みをバックに、渦を巻く渓流が岩を噛んで前景へと大きく下っている。その上方に、渓谷に架かる赤錆びた鉄橋が遠景で横たわり、左隅にアーチ型の通洞坑の入り口が写っている。鉄橋の太い鉄骨から一条、銀色のワイヤーが渓流に向かって延び、全裸で後ろ手に緊縛された女の両足首に繋がっていた。逆さ吊りになった女の黒い髪を清冽な流水が洗い、白い飛沫が裸身に飛び散っている。きゅっと締まった豊かな尻の割れ目が命の息吹を伝えていた。
その写真に被せて右隅に、縦の文字列で大きく「助けてください」と手書きの見出しが躍っている。
写真下に横長に採ったスペースには、横書きの活字で「水瀬川に新たな鉱毒の恐れ」というヘッドコピーと「産廃処分場建設絶対反対」というサブコピーがバランスを取って配置してあった。
写真の左には、適度に余白を取った位置に建設反対の趣旨を書いたリード文が載っていた。ビラの発行元は「元山沢を楽しむ会」としてある。
とにかく、大きく採った元山渓谷のカラー写真が目を引いた。その美しい風景のただ中に、全裸で縛られて逆さ吊りにされた女と「助けてください」と打たれた見出し。人の目を引くのに十分すぎるデザインだった。

役場を訪れた百人ほどにビラを配り終えた後、Mは反響の素晴らしさに内心ほっとしていた。
「二度も逆さ吊りになった価値が十分あったわ。村木の写真も捨てたものではなかった」と思い、にこやかに笑った。
もっとも村木は、自分の撮った写真が何に使われたかまだ知らない。
花見コンサートの写真を撮りまくった罰だとMは思う。あの時の行為を責めて撮らせた写真だった。

「修太の見出しもいいわ」
何回となく修太が書き直した「助けてください」の、微妙にねじれた筆跡を見直す。
「これで奥さんにも喜んでもらえる」
カラーコピーで三百枚作ったビラの制作資金のほとんどは、町医者の奥さんの援助だった。
ビラにしては贅沢すぎる造りだったが、Mは口から口にうわさが広がり、手から手に回されていくビラが作りたかったのだ。手渡してすぐ、読まれることもなく捨てられるものだけは作りたくはなかった。
「よし、配りまくるぞ」
午後の熱い日差しを浴びて額に浮き出た汗を右手で拭い、残ったビラの束を握りしめた。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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