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5.友の肌合い(1)

白々とした朝の光が水道記念館を照らしだした。夜明けとともに活動を開始した小鳥たちのさえずりが静まり返った林に響き渡る。朝日を浴びて紫紺に輝くルリビタキが、二階のベランダに留まって周囲を見回す。だが、猫の子一匹通りはしない。冬枯れの梢を、時折冷たい風が渡っていくだけだ。山全体が自然公園に指定され、犬の散歩が禁止されているため、早朝から登ってくる者はいない。八時を回ってやっと、通勤の車がせわしなく行き交いだす。山越えの近道が市街を抜けるのに便利なのだ。それも三十分くらいで疎らになる。後はまた荒涼とした冬景色が戻ってくる。水道記念館の二階で寝入ったまま、九人の男女は冬眠する建物と一体になって半日を過ごした。さすがに安眠する者はなく、交互に寝返りを打つ音が静けさの中に響く。それぞれの白昼夢がブラインドの隙間から入る光線の中に狂おしく舞っていた。光の角度がゆっくりと変わり、背後の山の端に日が隠れたころ風が吹き出した。風は裏山の梢を掠めてびょうびょうと吹いた。じっと風の音に耳を澄ましていた修太の胸ポケットで携帯電話が振動する。

「はい」
電話を耳元に寄せて緊張した声で答えた。周囲で聞き耳を立てる気配が全身に伝わってくる。
「十月の満期は夜が少々」
はっきりした声が聞こえると同時に電話が切れた。情報担当の神無月からの電話だった。ピアニストの銀行口座から、ある程度の金が引き出せて、夜持って来るという内容の暗号だった。携帯電話の電波を警察に聞かれても、このくらいなら内容を解読できるはずはない。金額はともかく、まとまった金が入りそうな予感が修太の不安をいくらか癒した。

「夜になってから、神無月が金を持ってくる」
隣で毛布をかぶって横になっているピアニストの背に小声で伝えた。返事はないが、聞いている証拠のようにピアニストが全身でうなづき、寝返りを打った。
「見張りを代わってくるよ」
誰にともなく言って修太は起き上がった。左手首の時計は午後三時を指している。二時間の見張りを終えれば暗くなるはずだった。待望の夜が来る。ふと、夜行性の野獣に思いを馳せてから小さく首を左右に振る。屋根裏にぶら下がったコウモリを描き直した。冬眠する機会を失ったコウモリだ。シュータによく似合っていると思う。修太の口元に久しぶりの微笑が浮かんだ。大きく伸びをしてから膝を屈伸させる。両膝の関節が情けない音で鳴った。テーブルに置いたままの手製の拳銃を右手で握ってから、銃器を粗雑に扱った不用心さに顔を赤らめる。マウンテンパーカーのファスナーを上げながら周囲を見回した。ブラインドの隙間から入る光でぼんやりと照らしだされた部屋の隅に四人が横になっている。それぞれが毛布を頭からかぶり、寒そうに身体をくの字にしている。呼吸につれて上下する毛布がそれぞれの命を主張していた。いずれも眠っているとは思われぬ浅い呼吸だ。既になくしてしまった命を惜しんでいるような呼吸だった。見つめる修太の目頭が熱くなる。いつ絶たれてもおかしくない命が四つ転がっているのだ。右手に持った拳銃が重い。修太は拳銃をパーカーのポケットに入れ、大きく首を左右に振ってドアに向かった。極月が見張りの交替を待ちかねているに違いなかった。独りの見張りは不安を募らせる。まして今は、風の音で外の気配を探ることもできない。悪い予感だけが時間とともに大きくなっているはずだった。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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