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- 2011/08/28/Sun 15:00
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- 第6章 -強奪-
「さあ、私たちも朝食にしましょう」
弥生が楽しそうに言って、部屋の隅に置いた箱から食品パックを二つ取り出す。
米軍の野戦食Cレーションだった。温めるだけでそのまま食べられた。いかにも合理的だが、味気ない。だが調理が苦手のシュータのメンバーにはちょうど良い食事なのだろう。気難しいピアニストも何も言わなかった。食べるのも皆バラバラだ。特に規律はない。集団で行うことと、個人で行うことが明確に区別されている。その意味では自主性が尊重された現代的な組織だった。弥生がガスレンジの前に行き、鍋を火にかける。鎖で繋がれたMも後ろ手錠のまま横に並んで鍋の中を見つめた。盛んに立ち上る湯気が乾燥した素肌に心地よい。湯が沸騰するのを待ってCレーションを鍋に入れ、ストーブの前の椅子に並んで座った。
「椅子に座ることが、こんなにうれしいなんて思っても見なかったわね」
椅子の上で尻をもぞもぞさせているMに、弥生が楽しそうに声を掛けた。肛門栓を許される朝食の時間はありがたかった。夜食は床に正座して食べなければならない。それに夜食の後のミーティングでは、たっぷり二時間の反省のポーズが待っているのだ。
「これで手が自由になればと、毎朝思うわ。弥生に食べさせてもらうのは心苦しい」
後ろ手の手錠を鳴らしてMが答え、悔しそうに唇を噛んだ。
「私たちが遅いのだから仕方ないわ。でも、明日からは大丈夫。最下位の罰を受けなくて済む」
弥生が口元に微笑を浮かべて慰めるように言った。Mの目が明るく輝きだす。文月と睦月を追い抜いたときの感動が甦った。明日はきっと勝ってみせると心に誓う。
「弥生のお陰よ。もし私が一人きりだったらどうなるの。今だって朝食は食べられないわ」
「朝食を抜くだけの話よ。Mには私がついているのだから、暗い方に考えてはだめ。さあ、もうできたわ。食べましょう」
簡潔に言って弥生が立ち上がった。Mも続いて立ち上がる。一人ではとても耐えられなかったと思い知った。一方的にMを庇護する弥生が保護者のように見える。だが弥生の態度に尊大な素振りは露ほどもない。保護しているなどという気負いはどこにもないのだ。Mとは確かに違っていた。友愛という言葉がまた脳裏を掠めた。これまで知ることのなかった感情に戸惑いを感じ、そっと弥生の横顔を見た。美しい横顔だった。一切を信じ切っているような穏やかな表情をしていた。
ストーブの前で二人は向かい合って座った。弥生がMの口に食物を入れ、次に自分の口に運ぶ。Mは幼児になったような気がしてくる。弥生が味のきついシチューをスプーンでMの口に入れた。口の端を伝った汁を手を伸ばして拭ってくれた弥生の口元に米粒がついている。細長い外米が妙に滑稽に見えた。Mは手を伸ばして取ってやりたい。もどかしく手錠を鳴らして弥生に告げると、米粒を手に取ってそのまま口に運んだ。Mが吹きだし、弥生が笑う。二人きりの楽しい朝食の時間が流れた。