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7.山の生活(2)

初日はこの辺りで鎖を枝に取られ、Mが倒れてしまった。もっともその時は走ってはいない。ふくらはぎの筋肉が吊ってしまったMは、足を引きずりながら歩いていた。肩を落として無気力に歩くMが異常に対処できなかったのだ。突然肛門を襲った激痛に腰が砕け、無様に尻餅を付いてしまった。落ち葉と枯れ草が堆積した獣道に倒れたMは、足の痛みで立ち上がれなかった。擦れ違いのできない獣道を塞いでしまった焦りと情けなさが全身を被った。何とか立ち上がろうと四つんばいになって歯を食いしばった。固く硬直したふくらはぎを弥生が優しく揉み続けた。駆け付けてきた極月がののしり、剥き出しの尻を笞で打った。硬く張り切ってしまった尻に笞が痛い。Mは悲鳴を堪えたまま屈辱に泣いた。

今、同じ道をMは走り続けている。わずか一週間しか経っていないのに見違えるばかりだ。緩い下りに差し掛かると、先を行く人影が見えた。五十メートルは離れているが、小柄な身体は睦月らしかった。所々で下草の中に入り、帰ってくる者に道を空ける。みんな額に汗を浮かべ、左右にぶら下げたバケツから水をこぼしながら登ってくる。満水にしたバケツも貯水槽に入れるときは六割程度に減ってしまう。バケツ一つでは二往復しなければならなかった。三日前に街から上がってきた補給車が、やっと十分な量のバケツを運び込んできた。今は湧き水との間を二往復する必要はなかった。だが、各自が二つのバケツを持つことになったため水汲みの苦痛が増したような気がする。

一週間前の最初の水汲みでバケツを調べられたMは、水が二割も残っていなかった。また極月に尻を打たれ、その日は三往復もしたのだ。弥生に迷惑をかけることだけが苦痛だった。でも、弥生は嫌な顔一つ見せずにMを励ました。身体を鍛え上げるしかないと、その時Mは決心した。

斜面を下りきった向かいの岩壁の下に湧き水はあった。一面に張った氷を割って清澄な水が豊富に湧き出している。Mと弥生は用意してある柄杓で水をすくい、四つのバケツをいっぱいに満たした。柄杓の水を口に含むと、冷たさで舌が凍え、続いてまろやかな味が口いっぱいに広がる。一瞬、全身の痛苦が霧のように晴れた。命の水だ。走ってきたばかりの道を、今度は両足に力を込め一歩一歩踏み締めながら帰る。重いバケツが両腕を責める。歩く度にバケツが揺れて足に水が掛かる。飛び上がるほどの冷たさだ。ようやくログハウスに戻り、貯水槽に水を空けるころには山間に光が満ちている。谷間から朝日が顔を見せるのももうじきだった。


単調な山の生活も、今日で三週目になる。
暦が代わって二月になっていたが、寒い日が続いていた。幾分輝きを増した日の光だけが確かな季節の移ろいを知らせている。三週間目の運動の時間は、疲れ切った顔が外の広場に並んだ。半月続いた過酷な生活が、全員に疲労を蓄積させている。水汲みの後のマラソンはきつい。

「もう十四日も経ったんだ。今日からは四キロ走ろう」
取り囲んだ顔を見回したピアニストが弾んだ声を出した。ピアニストは全裸だった。引き締まった身体を朝日が斜めに照らしている。取り巻く全員が素っ裸だ。ログハウスの前の広場の端に全員が集合している。十一人の裸身を冷たい風がなぶっていった。オシショウの姿だけが見えない。

Mの目の前には広大な草原が広がっている。松林と、向かいの山に沿って流れる谷川に挟まれた広場は陸上競技のトラックほどの広さがある。一周が約四百メートルだ。この広場をこれから十周も走るのだ。無言の溜息がほとんど全員の口から出た。Mの裸身をうんざりするほどの疲労が支配する。昨日までは二キロメートル、五周で済んだ。二倍の距離を想像するだけで全身の力が抜けてしまう。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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