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8.新しい提案(1)

簡易水道の取水口をせき止めた土砂を取り除く作業が続いていた。九人の男女が砂礫で埋まった沢に一列になって並んでいる。手に持てる岩とバケツに入れた土砂を手渡しで運び出す単純な作業だ。工学部のエリート学生たちにも、さすがにそれ以外の方法は考えられなかった。土木機械を運び込むわけにはいかない。スコップとバケツだけに頼る手作業が延々と続いた。最後に残った大きな岩を得意の爆破技術で破砕することだけが楽しみの作業だった。二時間ごとの見張りの交替で、頻繁に二人がいなくなる。極月と文月が山を下りた午後は特に作業が停滞した。昼食を取らないため、寒さの中で気持ちも荒む。

「明日からはオシショウにも作業に出てもらおう」
吐き出すようにピアニストが言ってスコップを投げ出した。
「七十五歳では無理だよ」
修太が砂の入ったバケツを持ち上げ、ピアニストを見上げて応えた。
「無理なものか。毎日寝てばかりいるよりよっぽどいい」
「オシショウは瞑想して、神ながらの道のことを考えているんだ。ピアニストの言い方は師に対して失礼だと思う」
「行動しない思想などはゴミ箱に捨てればいい。僕たちに必要なのは行動だ。社会変革のための行動なんだ。もう一か月が過ぎた。各自の戦闘力も上がっている。土木工事の真似事で満足している場合ではない。何をなすべきか、決断するときが来ているんだ。資金も心許なくなっている。後一か月は持たないだろう」

苛立つピアニストを弥生が心配そうに見つめている。修太の横に並んでいた睦月が頬を膨らませて抗議の声を上げる。
「シュータはオシショウの教えを実行するための組織のはずよ。主席は修太だわ。たとえピアニストでも、オシショウをないがしろにはさせない。資金を提供しているからといって、組織を私することは許せないわ」
必死に言い募る睦月をピアニストが突き飛ばした。
「今日の作業は終わりだ。ログハウスに戻って今後の方針を協議しよう」
スコップを拾い上げたピアニストが肩を怒らせて工事現場を後にする。弥生が真っ先にピアニストを追った。鎖で繋がれたMも弥生に従って歩かざるを得ない。内部から組織が崩れていくにおいがした。追い詰められた者の定めだった。

「よしっ、決着をつけよう」
背後で修太の声が響き、土砂の入ったバケツを乱暴に地面に捨てた。全員がログハウスに向かって歩き出す。

松林から出た途端に甲高いヒヨドリの声が聞こえた。鳴き声は連続して三回、大きな音で響き渡った。不自然な鳴き声に全員の足が止まり、戦慄する。忘れていた警報音が耳に甦った。屋根裏部屋の見張りが初めて鳴らす警報だった。まだ松林にいた霜月が急いで肩に背負っていたザックを下ろす。五丁の拳銃を取り出して男たちに配った。それぞれが身近な松の幹に身体を寄せ、拳銃の撃鉄を起こす。Mと弥生はピアニストと一緒にログハウスの陰に走り込み、壁の隅から広場を見渡した。谷川の向こうから低いエンジン音が聞こえ、真っ黒なジープが姿を現す。ちょうど山の端に入ろうとする日の光を浴びて、ジープはひときわ獰猛に見えた。まるで冬枯れた草原に出現した黒豹のようだ。ジープはゆっくりと広場の斜面を登り、ログハウス正面のテラスから十メートルのところで停車した。時刻は午後三時を回ったところだ。街に向かった極月と文月の乗るパジェロの出発予定時刻は二時半だった。容易にすれ違いができない山道の記憶が全員に不安をもたらす。

松林の梢を渡る風に不気味なエンジン音が混ざる。直列六気筒4000ccのエンジンが野太い音を立て続け、息を潜めて見守る男女の不安を煽った。突然ジープの後部ドアが大きく開き、二つの裸身がもつれるように転げ落ちた。続いて白いコートを着た女が颯爽とドアから降り立ち、地面に転がった二人の尻を蹴った。よろける足で立ち上がった裸身に全員が目を見張った。毎朝見慣れた極月のしなやかな裸身と、文月の肉付きの悪い痩せた裸身が並んでいる。どちらも黒い縄で後ろ手に縛られていた。口に噛まされた木の枝の猿轡が凄惨な雰囲気を際だたせている。霜月が銃口を上げて白いコートの女に狙いを付けるが、二人の裸身が照準を妨げてしまう。制止する修太がいなくても、とても発砲できる状態ではなかった。静けさの中に、高い女の声が響き渡る。

「ピアニスト、出てらっしゃい。私はチハル。財産の横取りは許さないよ」
弥生の横にいたピアニストが苦笑した。ピアニストは大きく両手を広げ、ログハウスの陰から広場に踏み出す。
「ようこそチハル。まずジープの運転手に、エンジンを切るように命じてくれ」
チハルがにっこり笑い、高い運転席に手を上げて合図した。エンジン音がやみ、静寂が戻った。急速に不安感が薄れていく。逆光になった運転席のドアが開き、ダークスーツに身を固めた長身の男が地上に降り立つ。襟元の白いワイシャツと赤いネクタイがやけに目立った。山の中には似合わない服装だ。ジープにも似合いはしない。どう見てもベンツで市街地を走る格好だった。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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