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2.富士見荘(3)

祐子と天田が帰ってから十五分経った。寒々とした四畳半の部屋は静まり返り、富士見荘全体が喧噪から取り残された静寂の中に沈み込んでいる。Mは窓辺にいって、外の散歩道を見下ろしてから窓を閉めた。幅二メートルの緑道には青銅のベンチが置かれているだけで枯れ草しか見えなかった。まだ春は遠いのだ。部屋の中央に戻って天井から吊り下げられた蛍光灯の紐を引いた。三十ワットの光が方形の部屋を照らし出した。煤けた天井板には涙の跡のような無数の染みが浮いている。ソックスを穿いた足裏で古畳が擦れた。紺色のスーツを脱ぎ、白いセーターを脱いだ。素っ裸になって畳に座り、脱いだ服をきちんと畳む。自由に裸になれるうれしさが胸に込み上げてきた。小さな希望が見えてきたような気がする。干渉する者は誰もいない。冷気が素肌を包んで鳥肌が立ったが、気持ちは高揚してくる。ドアに向かって正座した。背筋を正すと、そろえたかかとに尻の感触が伝わってくる。きゅっとくびれたウエストが小気味よい。やっと自分の身体が戻ってきたと実感できた。思わず涙がこぼれ、乳房を濡らして太股に落ちた。股間で漆黒の陰毛が燃え上がっている。この冷え切った股間を誰が撫でてくれるのだろうとふと思った。悲しかった。悲しみは次から次に湧き出してくる。この市で死んだ弥生の顔が脳裏を掠めた。光男が、修太が、数多い死者たちが裸身をなで回す。止めどなく涙が流れ落ちて股間を濡らした。温かい涙が冷え切った心に染みる。口を突いて嗚咽が漏れた。

Mはしゃくり上げながら小さな布地のボストンバッグを抱え上げた。震える指でファスナーを開き、洗い晒しの灰色のジャージを取り出す。バッグを逆さにして振ると、三十万円の現金を入れた白い封筒と三十通の茶封筒が畳の上に落ちた。茶色の封筒の幾つかは太股や膝の上に落ちた。白い裸身が小さく震える。封筒を拾い集めて乳房の前で強く握り締めた。紙に込められた寒さが両手から伝わってくる。高揚した気持ちが急速に冷えていくのが分かる。三十通の封書は獄中のMに宛ててピアニストが出したものだ。涙に霞む目で刑務所の住所が記された宛名書きに見入る。神経質そうな、細く小さな文字でMの名が泣いている。封筒を裏返すと力強い筆跡でピアニストの名が書かれていた。自信のない文字で印されたMの名が悲しい。すべての手紙に目を通したくなる衝動に必死で耐えた。何回となく読み返して内容はすべて記憶している。文字に託したピアニストの心情だけが哀れでならなかった。最初の手紙は下獄してから半年後に届いた。積もり積もった鬱憤と怨嗟をぶつけてきたのだ。


獄舎のMへ

僕はMを恨み、大人の女を恨む。三十歳になった僕が子供じみた女々しいことを言うとは、Mにだけは言わせはしない。なぜMは僕の求めを四回も拒絶したのか。それほどの憎しみを僕に抱いていたのか。そして、その方がどれほど僕にとって気楽だったか、Mは思ってみたことがあるのか。僕を憎むどころか、Mは僕を子供扱いし、無視しただけだった。まるで姉が出来損ないの弟にする仕打ちのように、なんの説明もなく僕の希望を摘み取っていった。僕の思いの丈を知らなかったとは言わせない。最低二度、僕は口に出してMの愛を求め、全身で乞うた。だが、返ってきた答えは冷たい拒絶だけだった。それならば、金輪際、お互いに近付かない道をとるべきなのだ。だがMは、何回となく僕の前に現れては僕の幼さを嘲笑っていった。僕一人が受けた冷たい仕打ちだ。何よりも官能を追い求めたMに、決してふさわしくない仕打ちと言える。僕はMにとって露ほども性的な魅力がなかったのか。僕の性もペニスも弱々しくて、Mを喜ばすことが到底できぬと見限ったのか。M、僕はMを憎む。大人の女を憎み通す。
M、僕が穏やかな性を求めていたとの、Mの断定を否定する気はない。しかし、僕がその性を、他ならぬMに求めたことだけは忘れて欲しくない。穏やかで平安な性のイメージが先にあったのではない。Mがいたから、Mを知ったから、僕は過激な性の中に二人の平安を夢見たのだ。ただ一心にMが欲しい。それだけだった。
もうじき僕の性は絶たれる。生と共に断ち切られてしまう。報告が遅くなったが僕は死刑の判決を受けた。今は死刑囚として日本海に面した獄舎に繋がれ、来るべき死を待っているだけだ。すべてを失い、すべてを得た。得たものはただ、Mを求め続ける性の希望だ。失ったものは、それに比べれば微々たるものだった。平穏で安らかな性と家庭、理想的な社会に向けての改造と革命。すべてが空しく朽ち果て、失われていった。もう僕には港は要らない。終着駅も要らない。僕の旅路に帰り着く場所はない。ただ日夜、襲い来る死を待ちながら痛切に願う。何よりも激しく過激にMを求め続ける。Mを素っ裸に剥き、厳しく後ろ手に縛り上げてやりたい。股間を縛った縦縄がぐっしょりと濡れ、二条の縄の間から固く突き立った性器がのぞいている。僕は苦痛を耐えて眉間に皺を寄せたMを抱き寄せる。股縄を外し、濡れそぼった陰門に、はち切れんばかりのペニスを突き立てる。二人の官能は鋭く舞い上がり、宙を漂う。その一時を抱き締めて生にピリオドが打たれることを、僕は痛切に願う。
M、僕はMを恨む。大人の女を恨む。そして今、死にいく僕には希望がある。Mが欲しい。


死刑囚のピアニストは手紙の数を制限されている。毎月一回、もどかしいように、Mへの思いがエスカレートしていく手紙が届いた。内容にこれといった変化はない。Mは返事を出さなかった。だが、ピアニストからの手紙は毎月のように襲い掛かってきた。その度にMを裸に剥き、縛り上げ、鞭で打った。一方的に文字で陵辱する手紙は切ない。Mは獄中で泣き、夜毎股間を濡らした。最後の手紙は今月の初めに届いた。飽くことなく陵辱の文字をつづり、繰り返し希望を語っていた。ただ、文末がこれまでと違っていた。Mの刑期が終わるのを見越して、刑務所へ面会に来てくれるように熱烈な文字で要望していた。だが、ピアニストの言う希望という意味は現在も分からない。分からないまま、すべての手紙をボストンバッグに詰め込んで出所してきた。

Mは抱いていた手紙の束を下ろして膝の前に置いた。もう涙は止まり、冷え冷えとした心が戻っていた。正座した膝をそっと開いて股間を見る。黒々とした陰毛の間から赤い性器がのぞいている。割開いた陰部を寒い風が渡る。右手の指先で性器をつまんだ。親指と中指に力を込める。軟らかな肉の棘が指先で潰れて鋭い痛みが深奥に伝わっていく。枯れていた涙が一滴、目尻からこぼれ落ちた。両膝を大きく開いて股間を晒した。背中に両手を回して後ろ手に緊縛されたポーズを取る。見えぬ縄で緊縛された裸身が苦悩と官能に悶える。悲しみが股間から込み上げてくる。涙になった愛液が陰門を濡らした。ピアニストの鬱憤も怨嗟も不当なものではない。確かにMはピアニストの求めを拒絶してきた。求められれば応ずるのがMの生き方だ。それを四度の巡り会いのすべてで拒絶したのだ。なぜだろうと、ずっと自問してきた。恐らく、なにがしかの希望をピアニストに託したせいだと思った。それは、Mが歩めなかったもう一つの道なのかも知れない。だが、その道も絶たれることが決まってしまった。Mはもう四十二歳だ。すでに人生の半ばまで来た。Mにとってピアニストはずっと同伴してきた苦い棘のようなものだ。なす術のない現実が切ないまでにMをいらだたせる。この巨大なハードルを跳び越さねば行く道さえ途絶える予感がした。豊かな胸を張って膝立ちになった。尻を突き出して全身で悶えた。背中で組んだ両手を解いて股間に伸ばす。涙となった愛液を指先で掬って性器になすりつけた。そっと指を陰門に挿入すると他人になった肉襞が指の根元を締め付けてきた。荒々しく指を使うと官能の炎が燃え上がる。冷え切った素肌から汗が浮き出た。極みに駆け上がる寸前に指を抜き去る。ぬめぬめとした指を改めて肛門に突き入れた。痛みが、快楽が、疾風となって全身を駆け抜けていった。ハードルは跳び越えるためにあると肉体が宣言した。狭い方形の部屋で白い裸身が慟哭する。脳裏にまた、さわやかな弥生の笑顔が浮かんだ。死者たちが肉体の宴に集まり、Mの官能を内部から祝福するのだ。股間の毛を剃ろう。唐突に決心した。祐子の言っていたように、陰毛を剃り上げれば勇気が湧いてくるような予感がした。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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