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3.内職(2)

「困ったときはお互い様だと言ったろう。そんなに緊張しなくていい。でも、それなりの披露目は必要だ。狭い世界のことだから筋だけは通さなければならない。ぬしが富士見荘に来たことは皆が知っている。だがな、ぬしの口からはっきり聞かぬ限り、わしらは噂するしかない。どこの世界でも挨拶は大事だ」
また図星を指されたと思った。人間関係の煩わしさを避けたいために、誰と擦れ違っても目礼だけで済ましてきたのだ。だがそれも、自分の暮らしを自分で守れなくては意味がない。他人の洗面器やサンダルを黙って借りるようでは人を疎んじる資格がなかった。
「ぬしのような若い女が刑務所のしつけどおりの洗面をしていれば、お節介でも声を掛けたくなるぞ。娑婆の人間は首筋や耳の裏まで洗いはしない。その代わり毎日風呂に入る。刑務所で暮らしたことを知られたくなかったら、つまらん習慣はやめた方がいい。ついでに言っておくが、娑婆に帰ったとて水道の水を出しっぱなしにしてはだめだ。水道料はやがて家賃に跳ね返ってくる。皆の首を絞めるようなことをしてはならない」
流しの横で正座したMの頬が恥ずかしさに赤く染まった。お菊さんの言葉が怠惰な心をしたたかに打った。Mと同様、刑務所の辛い生活を耐え抜いたというお菊さんに、もう一つの厳しさを見た。それは、暮らしの辛さを潜り抜けてきた者の持つ自負だった。Mはこれまで暮らしの辛さなど経験したことがない。水道を出しっぱなしにしても水道料を払うだけのことだった。だが、その金は労働の対価をもって充てるのだ。得た金の量がすべてだが、底を流れる論理は貧富の格差を拒絶する。貧困を笑うことはできない。暮らしに無知なだけの話だった。真っ直ぐ伸ばしていた背筋が崩れ、うなじが下がる。小さな声で「ごめんなさい」とつぶやいた。

「若い女にしては、ずいぶん素直でいい子だ。さあ、わしのやったサンダルを履いて立ちなさい」
お菊さんが打って代わった優しい声で言ってMを立ち上がらせた。ちょうどMの肩までの背丈だ。
「お菊さん、私はそんなに若くない。もう四十歳を過ぎている」
照れくさそうにMが言った。
「何を言う。娘っ子のようなもんだ。わしは七十七歳になる。だが、歳は自慢にならない。やはり若い方がいい。ぬしは若くてきれいだ。羨ましいぞ」
小さな口の中で含み笑いをしたお菊さんが、まじまじとMの全身を見た。灰色に濁った目の奥に憎しみに似た羨望が浮かんでいる。Mは目のやり場に困った。そんなMの姿を舐めるように見つめていたお菊さんの目が、急に抜け目のない眼差しに変わり、さり気なく周囲を見回す。再びMの顔に視線が戻り、濁った目で正面からMの目を見つめた。
「惨めな服を脱いで、裸におなり」
さり気ない声でお菊さんが命じた。一瞬Mは自分の耳を疑う。突飛な指示で動揺した顔がお菊さんの瞳の中に映っていた。いつになく情けない姿を自認して頬が赤くなった。毅然とした自分に戻りたかった。

「はい」
短く答えてうなずく。素早く灰色のジャージの上下を脱ぎ捨てた。春の日射しを浴びた裸身が木造三階立ての遊郭跡のアパートを背景に浮かび上がる。足元にくたびれた灰色の生地が脱ぎ捨てられている。お菊さんの言ったように刑務所のレクリエーション用に購買で買ったジャージだった。惨めな服には違いない。脱ぎ去った裸身に爽快感が残った。
「思っていたとおり立派な身体だ。光り輝いている。薄汚い囚衣を脱がせてよかった。M、ここ一帯は遊郭の跡だ。美しい裸を誇らしく晒してもいいんだ。刑務所の暮らしを引きずっていることはない。わしらには目の保養になる。長生きがしたくなるぞ」
分厚く重ね着をした小さな老婆の前に大柄の裸身がたたずんでいる。異様な眺めだった。お菊さんが一歩後ろに下がって、じっと裸身に見入る。

「前を隠すことはない」
お菊さんの声にうなずいたMが、股間で重ねていた手を背中に回した。豊かに胸が張られ、形の良い乳房が前に押し出された。陰毛を剃り上げた隠しようのない陰部が初春の日射しをいっぱいに浴びた。切れ上がった深い割れ目から赤い性器がのぞいている。
「股間を剃り上げているのか。潔いことだ。かわいらしい下の顔が丸見えだぞ。上の顔も美しいが、下の顔も見事じゃ。女のわしが見てもほれぼれする。多くの男が泣き狂ったに違いない。だが、それもみな、ぬしのせいではないぞ。艶めかしく生まれただけのことだ。思いのまま悶えればいい。ぬしの特権だと思えばいいのだ。後ろを向いて尻の割れ目も見せろ」
お菊さんの感動の声が耳をくすぐる。Mは命じられたとおりに後ろを向いた。両足を広げて尻を突き出す。鋭い日射しを浴びた裸身が火照り、汗が噴き出しそうな気がする。お菊さんの言葉が身体の芯から素肌を熱しているのだ。尻の割れ目を風が通り抜け、お菊さんの言葉が落ちた。

「尻の穴もよく使い込んでいる。言うことはない。若いのに立派な女だ。M、おっ母さんはいるのか」
「いません」
股の間から答えた。お菊さんは少しの間下を向き、何事か考えている素振りだ。だが、すぐ顔を上げて素早く尻の横に立った。

ピシッ

突然、尻に強烈な平手打ちが見舞った。口に悲鳴が走り、痛みが尻全体に拡がる。
「M、気に入ったぞ。親子の盃替わりの平手打ちだ。ぬしのおっ母さんに代わってその身体、しっかり磨いてやるぞ」
お菊さんのにこやかな声が路地の出口まで響いていく。Mは尻を突き出したまま面食らって声も出ない。ありがた迷惑な話だが、行きがかり上逆らう術もない。苦笑を隠して股の間からお菊さんを見上げていた。お菊さんは大きく胸を張り、小さな口元にいっぱい皺を寄せて愉快そうに笑っている。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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