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4.面会(2)

90ccのバイクが朝の織姫通りを駆け抜けていく。ガードマンの服装をした二人乗りは目立った。渋滞した車の列から悪意に満ちた視線が突き刺さってくる。それでもバイクはミズスマシのように車の列の間を縫って走る。四車線の産業道路に出ると、やっと一直線の安定した走りになった。小さなバイクの後部座席に跨ったMは窮屈そうに大屋のウエストを抱いている。しきりに祐子がMG・Fを使うように勧めに来るが、工事現場にスポーツカーで乗り付けるのは嫌味だった。もちろん富士見荘に駐車場はない。今はバイクの後ろがいいとMは思う。大屋の背中にぴったり張り付き、ウエストを抱いているのが楽しかった。このスタイルで三週間通勤したが、Mに抱かれた大屋のペニスが勃起したのは一回きりだった。それもMが意地悪をしたからだ。三日前、Mを女として意識していないような態度を試したくて、さり気なく大屋の背中に乳房を押し当てた。ウエストに回した両手をできるだけ下で組み、荒れた路面でバイクがバウンドする度に股間をなぶってやった。ペニスが勃起したのはその時の一回きりだ。大屋は意地悪をしたくなるほど無防備な男だとMは思う。とても卸業の経営者には見えない。工事現場の休憩時間も、昼休みにも、大屋は美術と芸術の話しかしない。Mの知らない画家の名前をたくさんあげる。画集も色々集めているそうで、様々な画風を知っている。ずっと画家になりたいと思っていると、無邪気に打ち明けたことさえあった。口を開けば芸術の話だ。Mはそれが特に嫌いではないが、子供のまま大人になったような男をつい構いたくなってしまうのだ。だが、今朝のMはなにもしない。所帯苦労と言った大屋の言葉と芸術との関連について考えることにした。大屋が大人と子供のどっちを取るか楽しみでもあった。やはり意地悪をしたくなってしまう人物には違いない。

産業道路を工業団地の手前で右折してしばらく行くと、右手に野球場の高いスタンドが見えてきた。スタンドの回りに巡らせて植えた満開の桜が薄いピンクの靄がかかったようで美しい。思わず心が浮き立ってくる。現場は運動公園の中を横切る二車線の市道だった。ちょうど球場のスタンドに面した部分だ。一日に五十メートルを掘り進め、古い石綿管に替えて鋳鉄製の新しい水道管を埋設している。公園を横断する道路でも交通量は多かった。花見気分ではできない仕事だ。Mと大屋は現場の両端に別れて配置に付いた。工事で一車線となった道路を交互交通で車両を誘導するのが仕事だ。まずMの方から車を流す。赤い誘導灯を振って遅滞なく車を流していく。ほど良いところで後続車を止め、大屋に誘導灯を振って合図する。今度は大屋の方から車が流れてくる。お互いの姿が視認できる今回の現場は比較的楽だった。相手が見えないときはトランシーバーで合図し合う。二人の息が合わないと大変なことになる。車の速度が遅いので事故の心配はないが、渋滞になる恐れはいつでもあった。今日の現場は近くに信号のないことも幸いした。車の流れだけに気を配れば済む。だが気は抜けない。鋭い春の日射しがじりじりと二人の肌を焼いた。

しばらく大屋からの車の流れが続いた。Mの前には一台しか停車していないが、若い女のドライバーはいらだちを隠さない。短くクラクションを鳴らした。Mは深く頭を下げて、すまなそうにドライバーに微笑み掛ける。運転者の気持ちを和ませるのも誘導員の仕事だ。大屋の合図を確認し、道路の安全を実際に目で点検してから、また深くお辞儀をして大きく誘導灯を振る。大きな動作が必要なのだ。若い女はMとすれ違いざま、開け放した窓から「ご苦労様」と声を掛けた。若い女にしては珍しいことだ。途端に疲労が吹き飛ぶ。単純な作業を一時間も続けると喉が渇き全身がだるくなる。作業を初めてすぐの、身体が慣れるまでのストレスだった。これを上手に乗り切ると一日が持つ。正午が近付くころには全身が汗にまみれた。目に流れ込む汗を片手で拭い、誘導灯を水平にして進入しようとする車を止める。誘導灯は工事現場では指揮棒のようだ。すべての車が指揮に従う。気分によっては壮快な気もしたが、何といっても身体がきつい。単純な作業の繰り返しが頭を空白にする。しかしそれも、今のMにはありがたかった。物を考える気はない。とにかく身体を使い、金を稼ぐことが先決だった。

「誘導組も昼休みにしようや。道路を何とか広げてやるよ」
若い現場監督がMに声を掛けた。気配りが身に滲みる。昼休みでも車の誘導は休めない。交替で食事をするか警備会社が要員を派遣するしかなかった。五分間で昼食を済ます日さえあったくらいだ。今日の現場は比較的路面が広いので、機材を整理すれば乗用車程度の対面通行が可能だった。
「大屋さん、監督さんが道を広げてくれるわ。交通量も少ないから一緒にお昼にしましょう」
二十メートル先の大屋に大声で呼び掛けて、Mは日陰に置いたリュックサックを取りに走った。二人は運動公園の水飲み場で手と顔を洗い、現場を見通せる日陰を探した。ちょうどスタンドのコンクリートの壁際が日陰だった。五メートル前には満開の桜の木がある。最高の場所だった。リュックから弁当とビニールシートを出してコンクリートの壁際に並んで座った。
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Author:アカマル
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官能のプリマ全10章
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