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メール(2)

前略

Mがいなくなってから六か月が過ぎました。
初めての独り暮らしにも、ようやく慣れたようです。毎朝六時半に起き、ご飯を炊いて味噌汁を作ります。昼にはハムトーストと生野菜。ミルクコーヒーとオレンジも欠かしません。夕食には、午後のうちに下拵えをした、フィッシュやミートのメインデッシュが食卓を飾ります。料理の腕は、すでにMを越えましたよ。でも、蔵屋敷の大きなテーブルで食べる、ひとりぽっちの食事は味気ない。Mが一緒にいてくれたらと、食事の度に思います。そして、Mが話してくれた独り暮らしの時代を思いやってみるのです。

僕の知らない若々しいMがいます。完璧にひとりぽっちの、空虚な寂しさが伝わってきます。同じひとりぽっちでも、僕には側にいて欲しいと熱望するMがいるのに、Mにはだれもいなかったのですね。漠とした人恋しさに惑う姿を想像すると、やり切れなくなります。恐らくMは、心の隅にどうしようもない感情の吹き溜まりを抱えていたのでしょう。その大きさはともかくとして、僕の心の中にも吹き溜まりがあります。焦りや怒り、欲望や憎悪、そして堪らない悲しさが風に舞い、渦を巻いています。その吹き溜まりは、成長に応じて大きくなっていくような気がします。やがて等身大になり、身体を突き破って溢れ出すかと思うと、本当に怖い。

なぜMが、僕をおいて出ていってしまったか、問いたいとは思いませんし、責める気持ちも失せました。ただ、Mが僕に話してくれた物語が、日を追って胸の中で膨らんでいきます。
家を出る運命に追い立てられるように、身を持って体験してきた事実を、Mは時をたどって話してくれました。初めて聞くMの歴史を、僕は真剣に聴いたのです。そこには、思いもしなかった世界が大きく広がっていました。僕もいつしか、そんな世界の中に踏み出していかなければならないのかと思い、全身に鳥肌が立ったことを覚えています。

Mが語ってくれた様々な事実を、僕はひそかに「Mの物語」と呼びました。その長い物語が終わった十一月の朝、去年と同様、初氷が張りましたね。市へ行くと言って出掛けたMは、そのまま戻ってきませんでした。一人で山地に取り残された僕は、「物語」を何度も反芻してみました。

最近になってやっと、事実だけを見据えてきたMの生き方が、うっすらと見えて来たような気がします。だから、僕は写真家になろうと決意しました。
コントロールできない感情の吹き溜まりを、レンズを通してフィルムの上に対象化したい。事実を表現することで、身体から流れ出てしまう感情を凝縮させたいのです。

Mに見捨てられて、一人で生きていく僕にとって、カメラは最大の武器になると思います。けれど、当面カメラは要りません。何よりも、事実を見極める視点が欲しいのです。

僕は、明日から旅に出ます。

写真を撮る目で「Mの物語」をたどろうと思っています。これまでMが出会ってきた人たちが、Mをどのように理解していたかを聞いて歩きます。物語を実際に検証し、Mを捜し出す旅です。

天田さんに聞いたショッキングなMの姿。異常な性にまみれ、ひたすら官能を追い求めたという、もう一つのMの素顔に直面する勇気もあります。
これまで知らなかったMに会えるようで、いまから胸が躍ります。旅の途中で、現実にMと会えるかも知れませんね。楽しみにしています。

くれぐれもご自愛ください。進太
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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