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- 2012/03/17/Sat 15:00
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- 第10章 -巡礼-
「裸御輿を練り歩いている最中に、先棒を担いでいた俺がつまずいたんだ。御輿がかしいだとたんに、Mの股間から径血が流れ落ちた。どろっとした血が元山沢の大地に染みついた瞬間、自閉症の祐子が声を上げた。私はMが好き、M、バンザイと叫んだんだ。俺は感動したね。幼い心に数々の傷を持った祐子が心を開いた。それも、同じように傷ついたMの勇気に共鳴したんだ。奇跡だった。俺は奇跡に立ち会っていると思った。俺たち全員が叫んだ。M、バンザイ、バンザイ、バンバンザイってね。それで終わりだった。その後俺は、Mに会っていない」
問わず語りに話す、村木さんの肩の震えが伝わってきました。村木さんは、Mの勇気に祐子が共鳴したと宣言しました。自閉症だった祐子が、Mバンザイと叫んだのです。その感情のボルテージの高さは、推し量ることができないほどだったに相違ありません。まさに、奇跡と呼べるものでしょう。
祐子は、鉱山の町を去った三年後に、次の物語のヒロインとなります。Mの勇気に激情した幼い祐子は十四歳の少女に成長し、市の繁華街を舞台にして光り輝くのです。でも、僕は現在の祐子を知っています。祐子はMに見捨てられたと思い込み、生ける屍のように無為な日々を送っているのです。
なぜ祐子は、Mの歩んだ道を進めなかったのでしょう。
僕は急に、祐子が気掛かりになってきました。Mに従い、Mのことを心配して暮らしてきたと思っていた口うるさい祐子が、Mを捜し出す鍵を握っているような気がしました。これまで、余りにも身近にいて気付かなかったのですが、祐子はMが生きてきた道に一歩を踏み出し、その道を断念した過去を持っているのです。突然、いなくなってしまったMと、表裏一体のような気がしました。
何よりも祐子に、思いの丈を語らせることが必要です。けれど、僕を子供扱いし、M同様に心配してくれている祐子に、どう問いただしたらよいのか、機会さえ見いだせそうにありません。でも、幸い、この鉱山の町には、ヒロインになった祐子とMを知っている祖母のナースがいます。
これまで会ったこともない肉親と会うのは気が重いのですが、これも僕の旅路の試練でしょう。祐子と対決するチャンスをつくるためにも、ナースの見た祐子とMの姿を検証する必要があります。
僕は、ナースを訪ねる決意を固めました。
傘を持つ手を上げて村木さんの横顔を見つめます。村木さんも僕を見ました。
「村木さん、申し訳ないですが、帰りに町立病院に寄ってください。せっかく来たのですから、祖母のナースに会ってから帰ります」
突然の頼みに、村木さんは右手で僕の肩を抱いて応えました。妙な力強さが、村木さんの勘違いを伝えてきましたが、もう取り返しはつきません。
「いいとも。やっと決心したか。ぜひ、会っていきなさい。Mが知ったら、きっと喜ぶ。進太の身の振り方は決まっていたんだ。遅くなったらナースの家でも、俺の家でも泊まっていけばいいさ。さっそく行こう、ずぶぬれになってしまうよ」
泊まっていくのはともかく、この分ならナースとの対面に村木さんも立ち会ってくれそうです。僕は大歓迎です。早くも、次の旅が始まりそうです。