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5.過去から届いた薬(1)

市に帰ってくるまでに、雨は上がりました。
夕闇が迫った駅前広場は、黒く濡れたアスファルトの上で水銀灯の青い光が輝いています。見上げた高架の上を、光の帯となって電車が走り抜けていきました。
それほどの人出ではないのですが、先ほどまでいた鉱山の町に比べると都市の雑踏を感じさせます。市まで送るという、村木さんの好意を断ってよかったと思いました。

別れてきたばかりのナースの言葉を借りれば、村木さんは鉱山の町と運命を共にする、かわいそうな人です。きっと、市なんかにはいられねえと悪態をついて、そうそうと帰ってしまったことでしょう。そして、Mの言葉を借りれば、市は多くの死に彩られた街ということになります。けれど、僕はこの市が嫌いではありません。なんとなく悪魔的な雰囲気があって、正直に言うと蔵屋敷がある山地よりも好きです。山地に逼塞して、僕を育てることを決意した、Mの誤解を正したくなります。

僕も幼いころ、この市で実母の睦月と暮らしていたのです。Mと出会ったのも、歓楽街にあるサロン・ペインのアルコールのにおいの中でした。きっと、Mも市が好きだったはずです。「Mの物語」が輝きを増すのは、なんと言っても市が舞台になったときなのですから。市で暮らしたMが、輝いていた証拠です。
村木さんの悪態を聞かなくて本当によかったと思いました。疲れ切った気持ちさえ、この街は浮き立たせてくれるのです。だれもいない山地に帰るのが嫌になってしまいました。足が自然に歓楽街の方向に向かっていきます。
サロン・ペインに行って、チーフと天田さんを相手に冗談を言い合い、二階の会員制ルームに泊めてもらえばいいと思いました。


不景気風に吹かれた歓楽街は、人影も疎らです。
赤と黒を斜めに染め分けたサロン・ペインの看板灯の横に、赤いMG・Fが駐車してありました。祐子の車です。失踪したMが愛用したMG・Fを、愛おしむように使っている祐子は痛々しくてかないません。荒みきった姿に会うことを考えると、回れ右をして帰りたくなります。しかし、ナースの話を聞いた直後に祐子と会えるのも悪い運ではありません。
祐子との対決を嫌がって先送りにしていては、僕の将来まで無為に流れていってしまいそうな気がします。何よりも僕は、祐子のような弱虫ではない。Mがいなくても、現実に立ち向かっていく勇気があるつもりです。
足早に歩いてサロン・ペインの扉を開きました。

「お帰りなさい」
エントランスからガラスの自動ドアを通って店に入ると、チーフの声が響きました。今や、サロン・ペインは、僕の実家のようなものです。
カウンターの中のチーフへ、手を振って応えました。無邪気に微笑んでいるチーフの顔からは、この店の二階でMと一緒に素っ裸で吊り下げられ、糞尿を振りまいて抵抗したという、二十年前の武勇伝は想像もできません。

「進太、早くお座りなさい。おいしいレモン・スカッシュをつくるわ。どう、ナースは元気にしていた。みやげ話を、ゆっくり聞かせてちょうだい」
ホールの中央に立っている僕を、チーフが促しました。チーフの前のスツールに座っている祐子は振り向きもしません。うるさそうに長い髪を揺すって、右手に持ったカクテルグラスを口に運びました。壁の大鏡に祐子の顔が映っています。酔って赤くなった目で、僕を鋭く睨みました。

「進太、Mの足跡を追っているんだってね。お前は、嫌なやつだ」
吐き出すように祐子がつぶやきました。聞こえよがしの大きな声です。三人しかいないホールにつぶやきが響きました。
「そうだよ。祐子の言うとおりさ。今日は鉱山の町に行って、ナースから祐子の話を聞いてきた。バイクのこともね」
何気なく答えたつもりですが、祐子の背筋がブルッと震えました。気忙しくグラスを口に運びます。祐子はMがいなくなってから、強い酒を覚えたのです。無理をして、ドライマティニを飲む姿が無惨に見えます。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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