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1.築三百年の屋敷(2)

電話の声は若々しい感じでしたが、目の前の木村さんは立派な中年男です。
僕は、立ち上がって挨拶します。
「お忙しいところ、時間をとってくださって恐縮です。さっそくですが、二十八年前に、市で学生アルバイトをしていたころの話をうかがいたいんです」
ずうずうしく用件を切り出すと、木村さんが鷹揚にうなずきました。

「Mを、覚えていますか」
座ると同時に、Mの記憶の有無を尋ねました。木村さんが目を丸くします。
電話ではMの名を出していません。広告代理店の古いエピソードが聞きたいと、社史編纂の仕事を装ってインタビューを依頼してあったのです。それが、どう見ても高校生にしか見えない子供が、はるか昔の女性の記憶を問いただしたのです。驚かない方がおかしいのかも知れません。しかし、確かな反応があったのです。

僕は慌てて言葉を付け足しました。
「電話で嘘を言って、ごめんなさい。僕は、Mと一緒に暮らしている者です。でも、半年前に、Mは黙って家を出てしまいました。ぜひ、捜し出す手掛かりが欲しいんです。Mを覚えているんですね」
膝を乗り出して、必死に木村さんの目を見つめました。硬かった表情が穏やかになり、口元が緩んでくるのが分かります。懐かしそうな視線を僕の頭越しに投げてから、大きくうなずきました。

「ああ、覚えているよ。ずいぶん昔の話だが、今でも、さっそうとした姿が目に浮かぶ。まぶしかったね」
さわやかな声が返ってきました。別れたばかりの人を思い起こすような、鮮やかな答えに期待が高まります。
「Mは、そんなに美しかったんですか」
思わず詠嘆の声が出てしまいました。陳腐な問いを聞いた木村さんが、はにかんだように下を向きます。冷やかしの言葉と誤解されたようです。僕はどぎまぎして、身を縮めてしまいました。
短い沈黙の後、木村さんが顔を上げ、挑むように僕を見ました。
「つまらないことを聞くなよ。今だって美しいだろう。当時は、俺も若かったから、年上のキャリアウーマンがとてもまぶしく見えたんだ。大きくて、美しい人だったよ。俺も身長は百七十センチメートルあって、この歳では低い方じゃない。でもMは、俺より背が高かったね。踵が五センチはあるハイヒールを履いていたんだ。服はいつも、身体にぴったりしたスーツだった。体格もいいし、プロポーションもいいからよく似合った。おまけに仕事ができたから、俺みたいな若造はMの前ではコケみたいだったよ。よく俺のことを覚えていてくれたと思うね。感動もんだ。一緒に暮らしていたと言うあんたは、Mの子供なのか。そういうことなら、俺は、あんたの親父さんを恨むよ」
一息にまくし立てた木村さんの目が輝いています。熱気の向こうから、自信に溢れた若々しいMの姿が立ち上がってきました。ジーンズとトレーナーを着古していた、近年の印象からは想像できない華やいだイメージです。Mに付きまとっていた、苦しいほどの悲しさも伝わってきません。妙にアンバランスな気持ちがうまく整理できずに、僕の返事は少し遅れました。

「いえ、実子ではありません。養子です。七歳の時に、Mに引き取られたんです。でも、僕の知っているMは、いつも地味な格好をしていて、人目も気にしなかった。どちらかというと、古風な女性に見えました。苦しみも悲しみも、みんな一人で耐えてしまって、人知れず死んでしまうような不安があったんです。いなくなってからも、ずっと心配でたまらなかった。だから、今のお話はすごく新鮮でした。Mを捜し出す希望が湧いてきます」
誠意を込めて答えると、木村さんの口に微笑が浮かびました。

「ふーん、養子かい。それじゃあ、遠慮しながら話すこともないな。それに、あんたは見掛けより大人のようだ。Mも行方不明なだけで、亡くなったわけでもない。もっとも、俺にはMが死ぬなんて考えられないがね。まあ、美人薄命というから、外見から見ればやばいかも知れないが、Mは恐ろしいほど戦闘的だった。不死身の女だ。殺しても、死にはしないよ。なんでも自分の思いどおりにしないと気が済まないんだ。仕事はおろか、私的な付き合いでもそうだった。いつだって一等賞だよ。二等になるくらいなら、始めからしないのがMのポリシーに見えたね。冷酷と言えるほどの仕事ぶりだから、当然敵は多い。だが、能力も容姿もずば抜けていたから、真の敵になる者はいなかった。俺はそんなMが内心得意でならなかったよ。あんな上玉は都会にしかいないと思っていたから、地方大学に進学した俺には誇らしいくらいだった。きっと、腰巾着みたいに、くっついていたんだな。よく、酒を飲ませてもらったよ。Mは酒が強い。どこの酒場に行っても最高に華があったね」
Mと出掛けた酒場の空気を懐かしむように、店の内部を見渡してから、木村さんは口を閉じてうつむきました。二十八年前の自分を貶めているような話しぶりです。Mへの憧れを越えた、嫉妬と欲望のにおいが漂ってきました。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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