2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

1.築三百年の屋敷(3)

若かったころのMが醸し出していた雰囲気の根元が、ちらっと見えたような気がしました。もっと詳細に知りたいと思い、木村さんの白髪混じりの頭に問い掛けました。
「Mを、好きだったんですか」
直截に尋ねると、即座に木村さんが顔を上げました。微かに頬が赤く染まり、うろたえた目つきになっています。
「もちろん好きだったよ。でも、高嶺の花さ」
さり気ない答えが返ってきました。溢れ出そうになった感情を、これまで生きてきた膨大な時間で圧殺したような掠れ声です。
「Mに、恋人はいなかったんですか」
畳み掛けるように尋ねました。
「そんな者はいないさ」
木村さんが即答しました。でも、どことなく焦りが感じられる態度で目を伏せます。膨れ上がってきた悔いが、口元まで上がってきたような顔をして、唇を歪めました。右手でテーブルのカップを取って、ぬるくなったコーヒーを飲み干しました。口の端から尾を引いて、茶色の液体がテーブルの上に落ちます。
僕は構わず話を続けます。

「でも、木村さんが話すMは、とっても魅力的です。僕が言うのも変ですが、男にもてないはずがない」
「そりゃあ、もてたさ。けれど、言い寄っていく男はいなかった。馬鹿な男は一人もいなかったんだ。だって、Mと釣り合いがとれるはずがない。それを分かっていて、みすみす惨めな思いをしたいという奇特な男はいなかったね。みんな、遠くからMを見上げていたんだ。そう、俺もその一人だよ。それでよかったんだ」
自分に納得させるように断言して、木村さんは黙り込みました。もうMのことは話したくはないといった風情です。僕は用意してきた言葉を投げ付けます。

「カメラマンの恋人がいたと聞いています」
「嘘だ、Mはあいつに騙されたんだ。恋人なんかであるものか」
すかさず怒声が返ってきました。怒りと悔恨が混ざり合った目で僕を睨みます。やはりカメラマンはキーワードでした。怖い顔で僕を睨み付けながら、問わず語りに話し始めました。
「確かに、Mとカメラマンは付き合っていたよ。あの中年男が写真賞をもらった記念の個展に、俺はMと一緒に取材に行ったんだ。カメラマンとも会って話した。見え透いた変態野郎だったね。けれど、Mは騙されてしまった。セクシーなバリトンがすてきだなんて言っていた。詐欺師は声を武器にするんだ。大したことのない写真でも、ネコナデ声で大層な作品に言いくるめる。残念なことに、Mはアーティストを知らなかった。田舎町には芸術家がいなかったんだ。Mが知っていたのは芸術論だけだ。その弱点をやつは突いた。卑怯者だよ。Mは男社会のなかで男と渡り合って仕事をしていた。ライバルはいない。さっき話したように、男たちにも遠慮があった。だから、性に無防備だったんだな。簡単に転んでしまった。今でも、俺は悔しい。あっけないくらいに平然と、あんな男と寝てしまったんだ」

先ほどの怒声が嘘のような、静かな声でした。まるで独り言みたいに聞こえます。Mの姿も驚くほど変わってしまいました。自信溢れた大人の女が消え失せ、女衒に騙された、世間知らずの小娘が出現したみたいです。僕は思わず苦笑してしまいました。
「Mが利口だったか、馬鹿だったのか、分からなくなりますね」
意地悪な感想を聞いた木村さんが眉をしかめ、首を左右に振りました。口を突いた言葉は上擦っています。

「いや、俺は中年男が騙したと言っただけだ。Mに責任はないよ。あんな事件が起こって、結果が出てしまったんだ。もう、取り返しはつかない。俺はかけがえのないものを失い、Mは遠くへ行ってしまった。悔いだけが残った。だから、だれかを悪者にするしかないじゃないか。確かに、俺はMの恋を認めたくないのかも知れない。だが、あいつとの関係が深まっていくに連れて、ぼろぼろになっていったMを見ている俺は、死ぬほどつらかったんだ。Mには、あいつが初めての男だった。それなのに、あの変態野郎は芸術と性をない交ぜにして、Mをたらし込んだ。何がアートだ。俺はMが会社を辞める前に、アパートを訪ねていったことがある。荒みきったMに会った。いや、見たんだ」
断言した木村さんが口をつぐみました。先を話してよいかどうか迷っている様子です。
「僕なりに覚悟を固めて会いに来たんです。言いにくいことでも遠慮せず、ありのままを話してください」
促すと、木村さんが力なくうなずきました。唇を舐める仕草が卑猥に見えます。いよいよMの性が語られるのでしょう。何を聞いても驚かないように、僕は身構えます。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

最新記事
カレンダー
02 | 2012/03 | 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
free area
人気ブログランキングへ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR