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- 2012/03/27/Tue 15:00
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- 第10章 -巡礼-
「何をするのよ」
見上げた祐子が大声で叫び、僕の足にしがみついてきます。祐子を引きずったまま一歩を踏み出し、手の中のカプセルを水槽に投げ捨てました。
赤と白の五つのカプセルが、熱帯魚が泳ぎ回る水槽に沈んでいきます。僕もチーフも身体を硬くして水中を見つめました。床に尻を着いた祐子も水槽を見上げています。長い時間が経ったような気がします。
まばたきもせずに見つめる水槽の中で、カプセルが溶け始めました。その瞬間、泳ぎ回っていたネオンテトラの群が、パニックに襲われたように揺れ動きました。それで終わりです。小さな魚が次々に腹を見せて浮き上がってきました。暗い水槽を泳ぎ回っていた妖しい光は、跡形もなく消え失せてしまったのです。
「ウアッー」
足下から絶叫が上がり、祐子が身体を揺すって号泣を始めました。チーフが血相を変えてカウンターから飛び出してきます。祐子の前に屈み込んで、力いっぱい頬を張りました。悲鳴が響き渡ります。チーフはなおも二度、祐子の頬を張ってから立ち上がらせました。
「祐子は、最低の女だ。さあ、はっきりした事情を聞かせてもらうよ」
怒鳴りつけて背を叩き、ボックス席に引き立てていきます。僕は肩を落としてチーフの後に続きました。小柄なチーフの背中が、とても大きく見えます。チーフのキャリアも相当なもののようです。
「薬は、十錠送られてきたわ。そのうちの一つに青酸カリが入っているの。三万円を口座に振り込んだら、ちゃんと宅配便で届いたわ。今日飲んだのが五つ目よ。五十パーセントの確率でも死ねなかったのだから、運が悪い。十個一緒に飲めばよかった」
「何を言うの。祐子は運がよかったのよ。危うく死ぬところだった。だれから買ったのよ」
ボックス席に座って啜り泣いていた祐子が口を開き、チーフの叱声が響きました。二人は並んで座っています。僕は祐子の前の席で身体を硬くして二人を見守っています。祐子が大きく啜り上げて、諦めたように口を開きました。
「薬を送ってくれたのは弥生のお父さん。海炭市に住んでいるわ」
「えっ」
今度は、僕が大声を上げてしまいました。
市の繭玉会館でオシショウに射殺された弥生の家族が、北の海峡の街に住んでいることは、Mから聞いて知っていました。しかし、十五年も前のことです。弥生のお父さんが、祐子に毒薬を売るなんて信じられません。
僕の声を怪しんだチーフが、睨み付けています。チーフは弥生のことをよく知らないのです。死を選ぼうとした祐子と対決するのは、やはり僕の役目のようです。
「Mの物語」も、新たな展開を迎えます。