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3.鉱山の町(2)

熱のこもった声で話し終えた村木さんの目から涙がこぼれました。日本海で会った木村さんもそうでしたが、Mと知り合った男の人はよく泣きます。Mも涙腺が弱かったから、みんなに伝染したのかも知れません。とりわけ村木さんの言った友達に弱かったようです。性と官能と邪悪な意志に強かったMにとって、不思議なことの一つです。
お陰でMの表情も見えました。穏やかな顔です。その端正な顔が、時には怒り、時には泣き、時には悲しみに曇ります。一心に官能を追い求める表情は浮かび上がってきません。時として性の喜びに震える横顔がうかがえただけです。鉱山の町はMに、自立して生きる方向を指し示してくれたようです。

「よく分かりました。村木さんのおっしゃるとおり、Mを色眼鏡で見ていたかも知れません。その方が分かりやすいので、楽をしていたようです。今日は本当にありがとうございました」
僕は素直に頭を下げて村木さんに感謝しました。
「いや、俺の方がMの史跡巡りを楽しんでいたようだ。最後に元山神社に付き合ってくれよ。あの当時から廃社だったから、今では俺は、M神社と呼んでいるんだ。一緒に行こう」
村木さんは、狭い山道で強引にUターンしました。くねくねと曲がる坂道を無造作に運転して元山神社に向かいます。無人の元山沢には先行車も対向車もありません。植林の進む山並みが雨に煙っているだけです。

元山鉱の購買所の廃墟の前で、僕たちは車を降りました。神社に続く長い石段を、一つの傘に入って上っていきます。僕の女持ちの白い傘は小さくて、二人の肩の半分を冷たい雨が濡らしています。擦り寄せた肩から村木さんの温もりが伝わってきます。僕の温もりも村木さんに伝わっていると思うと、何となく安心した気分になります。この肌の温もりを追い求めていくと、官能に繋がるのでしょうか。ちょっと、違う気がします。やはり、心に開いた大きな空洞を埋めるために官能はあるのでしょう。僕にも空洞はあるのですが、まだ埋める動機が訪れません。そして、隣を歩く村木さんは、空洞を埋めることを放棄してしまったようです。それで、悲しさに耐えられるのでしょうか。僕には疑問です。僕は耐えられそうもありません。人の暮らしはいつも、悲しさでいっぱいなのです。

まだまだ続く「Mの物語」をたどる旅路を思いやると、気が重くなります。僕が知っているMが恋しくなってしまいました。
目を上げると、暗い空の中に黒い鳥居が溶け込んでいました。金属を鋳込んだ鳥居は、煙害に痛め付けられた半世紀と、風雪に耐えた半世紀の重みで、今にも倒壊してしまいそうに見えます。
「この鳥居をくぐって、裸御輿が境内に入場したんだ」
村木さんのつぶやきにうなずいて、僕は荒廃しきった境内に足を踏み入れました。
裸御輿とはよく言ったものです。二十五年前のこの神社で、手製の御輿を担いだ村木さん、緑化屋さん、陶芸屋の三人の大人も、御輿を先導した修太、祐子、光男の子供たちも素っ裸でした。そして、御輿の上にはこれも素っ裸のMが後ろ手に縛られ、足を左右に大きく開いて直立していたのです。おまけにMは無毛です。黒々とした長い髪も、股間に密生していた陰毛も、産廃屋の妹のカンナに剃り上げられてしまったのです。そのカンナと産廃屋の死体を焼き尽くした登窯で製作された、二枚の大皿が裸御輿の御神体なのです。
Mの裸身が二つの大皿を踏み締めています。足裏を通してMは、どんな悲しみを耐えていたのでしょうか。今の僕には、想像することさえできません。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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