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1.築三百年の屋敷(5)

さわやかな風が、少し火照った頬を快く撫でていきます。時刻はまだ午後三時を回ったところです。
ここから二駅先にある警察署を訪ねたくなりました。そこは、精神障害者の少女の死体と一緒に、ロードスターに乗ったMが出頭したところです。

Mは死体遺棄の罪で現行犯逮捕され、留置所に収容されて取り調べを受けました。そのときMを担当した婦人警官が定年になり、交通安全センターで嘱託職員として勤務しているのです。あまり気が進まなかったので、電話で所在を確認しただけなのですが、やはり訪ねることにします。
この事件から十四年後のMは、三年も刑務所に収監されていたのですから、今から婦人警官を敬遠していたのでは、先が思いやられてしまいます。
僕は二両編成の電車に乗って、次の証言を求めて隣町に向かいました。


交通安全センターは、警察署から百メートルほど離れたところにある二階建ての小さな事務所でした。
運転免許証の更新手続きなどをするところですが、四時近い時刻は訪問者もいません。案内を請うと、警察官と似た紺色の制服を着た中年の女性が出てきました。六十歳を過ぎているはずですが、若々しい身ごなしです。僕の偏見でしょうが、どこか見下した、意地悪そうな素振りが気に掛かりました。僕の自己紹介にも応えずに先に立ち、暗い廊下の奥に案内していきます。

扉を開いて招じられた小部屋は、窓のないコンクリートの箱のような部屋でした。黒いビニール張りの応接セットが置いてあるのですが、テレビ・ドラマで見た警察の取調室のような雰囲気です。
山形と書かれた名札を胸に付けた元婦人警官は、正面のソファーに座って無表情に僕の話を聞きました。うなずきもしなければ、聞き返しもしません。ひとしきり話させた後、怖そうな目で僕の目をのぞき込みます。

「進太さんの用件は分かりました。二十八年前に警察署に留置されていた、あなたの養母の当時の様子を調べ、捜索の手掛かりをつかみたいというのね。私は退職しても守秘義務があるし、ずいぶん昔のことよ。覚えていないと言って帰ってもらうのが普通だけれど、あなたは養子だし、行方不明の養母を捜し出したいという気持ちも立派だ。できる限りの協力をします」
山形元婦警は尊大な態度で協力を申し出てきました。僕の方が面食らってしまいます。
「婦警さん、ありがとうございます」
まるで、何か悪いことをやらかした少年のように答えていました。それも元婦警ではなく、現職の婦警に言うようにです。山形婦警は、少年課にも在職したことがあるのかも知れません。当たり前な顔でうなづいて、先を促しました。

「Mは、生まれて初めて一週間留置され、婦警さんのお世話になったと言っていました。婦警さんはMを覚えていますか」
「二十六歳の女性が留置場に入れられたんだから、初めてでなかったらよほどの犯罪者よ。もちろん覚えているわ。Mは私が留置場の担当になった年に入ってきた初めての女性よ。あのころの私は三十歳を過ぎたばかりで若かったし、野心もあった。いずれは捜査課に配属されて、女性刑事になる希望を持っていたのよ。だから、犯罪者を間近に見られる留置場勤務を志願したの。よく覚えているわ。経験を積んだ後から思い返すと、Mは普通の犯罪者と比べて一風変わっていた。私はMを担当したのが最初の仕事だから、どうしてもMを標準にしてその後留置した犯罪者を見てしまったの。その基準を変えるのに、ずいぶん苦労したわ」

山形婦警は意外に多弁でした。普段話し合う相手がいないのかも知れません。容疑者を犯罪者と断定した口振りに、偏狭な性格があらわれています。僕は我慢できずにそのことを指摘しました。
「留置されたときのMは容疑者で、犯罪者とは違います。申し訳ないですが、言葉に気を付けてくださいませんか」
「結果的にMは犯罪者でしょう。有罪になったんだから間違いない。私は刑事を希望したほど、犯罪者には厳しいのよ。その私がMを甘やかすと思う。話が聞きたくなかったら、帰ってもいいのよ」
威圧的に答えた山形婦警が僕を睨み付けました。思わずオシッコをちびりそうになるほどの迫力です。けれど、僕だって負けられません。尻尾を巻いて帰ったら、Mに会わす顔がなくなります。
「いえ、なんでも話してください。Mのどこが変わっていたのですか」
踏みとどまって答えると、山形婦警は舌なめずりをしそうな笑顔を浮かべました。もちろん食べようと狙っている獲物は僕に決まっています。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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