2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

5.過去から届いた薬(5)

「どうして弥生のお父さんと連絡を取ったんだい」
早口に尋ねた僕の顔を、祐子がぼんやりした目で見返しました。もう涙は止まっていますが、悪い酔いが残っている様子です。
「工学部の名簿に、弥生の帰省先が載っていたのよ」
ひどく現実的な答えが返ってきました。祐子の神経はほとんど切れかけているようです。Mがいなくなった半年の間に、祐子の心にそれほどの負荷がかかっていたとは、思ってもみませんでした。見捨てて行ったMが憎らしくなります。
「違うよ。どんな思惑があったか、聞いているんだ」
「恨み辛みよ。Mは、弥生の所へ行ってしまった。でも、弥生は死んでしまったから、代わりにお父さんに文句をぶちまけてやった」

「十五年も前に死んだ弥生に、なんの恨みがあるのさ」
大きな声で問い返しました。祐子の言動は普通ではありません。しっかりと仕事を積み重ねてきた、三十七歳のテキスタイル・デザイナーがぼろぼろになってしまったのです。ナースは、Mは異常者でないと言いましたが、Mの不在が巻き起こした影響は異常です。どうしたら事態を収拾できるか、Mに尋ねたくなる気持ちを我慢して、祐子の目を見つめました。

促された祐子が渋々口を開きます。聞こえてきた声には妙な明るさがありました。
「Mが心を開き、心を通わせた女性は弥生だけよ。私と一つしか歳の違わない弥生がMの心を捉えてしまい、そのまま死んでいなくなった。私が望んでいた地位を奪って、逝ってしまったのよ。残された私に、何ができるというの。Mに甘えて迷惑をかけることしかできないじゃないの。そのMがいなくなってしまったのよ。きっと弥生の所に行ってしまったんだ。だから私は、思いの丈を弥生のお父さんにぶちまけてやった。私も死んでしまいたいと訴えたのよ」

残酷な話です。僕の背筋を冷たい風が掠めていきました。十五年前に死んだ一人娘を嫉妬し、死にたいという便りを、娘の父はどのような思いで読むのでしょうか。祐子の行為は非常識に過ぎます。しかし、祐子は、明るい声で先を続けました。
「速達で返事があったわ。Mはここにいないが、私も死んでしまいたいと書いてあった。死ぬときは、いつでも海炭市を訪ねてくるようにとも書いてあったわ。その余裕がないなら、毒薬を譲ってくれるというの。私は、指定された口座に三万円を振り込んだ。三日後に、あの薬が宅配便で届いたわ。説明書も付いていた。十錠のうち一錠に、致死量の五倍の青酸カリが入れてあるというの。一度に全部飲めば、すぐ死ねるし、一錠ずつ飲んでも、十回のいずれかで死ねる。方法は選択しなさいと書いてあった。私は、毎日一錠ずつ飲むことにしたの。赤と白を交互に飲んだわ。五日間飲み続けたけれど、日を重ねるごとに死への希望が高まっていった。でも、もう終わってしまった。まるで生ける屍だわ。海炭市に行きたいな。弥生のお父さんの家に霜月も住んでいるんですって。漁師をしているそうよ。懐かしいわ。狭いキャンパスだったから、同学年はみんな友達なの」
死の先を見るような、虚ろな目をして祐子が口を閉じました。死に至る病という言葉がぴったりです。けれど、その治療が自分でできることに、まだ祐子は気付いていません。
僕の脳裏に、眉をひそめているMの姿が浮かびました。迷い抜いた末に訪ねてくる、僕たちを待っているような悲しい姿です。求められれば与えるという、強固な意志も伝わってきます。祐子が言ったように、Mは海炭市にいるかも知れないと思いました。

僕は、即座に決心しました。
「祐子、一緒に海炭市に行こう。死ぬか死なないか、行ってから決めても遅くはないよ。僕は、Mを捜してみる」
僕の提案を、祐子はぼう然とした顔で聞いていました。やがて、言葉の意味がやっと分かったように、目を輝かせました。

「ええ、Mを捜しに行きましょう。弥生のお父さんが、隠しているのかも知れないわ。もし、本当にMがいなかったら、きっと弥生の所に行ったのよ。その時は、弥生のお父さんに頼んで、もう一度毒薬をもらえばいい。私も、海炭市に行くわ」

横で聞いているチーフが、不安そうに眉間に皺を寄せました。
僕は、大きな声で言い放ちます。
「さっそく行こう。祐子はお金持ちだし、僕も金持ちだ。飛行機の手配は僕がするよ。あっちは梅雨がないから、きっと爽快だ」
決断した、僕の心も爽快でした。無性に喉が渇いています。両足に力を入れて立ち上がりました。
カウンターに残してきたレモン・スカッシュを、一息に飲み干そうと思いました。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

最新記事
カレンダー
02 | 2012/03 | 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
free area
人気ブログランキングへ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR