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4.クラブ・ペインクリニックの集い(3)

「進太の目には、村木さんが横柄に見えたかも知れないね。私でも、しゃらくさいと思う。でも、あの人は鉱山の町から出たことがないのよ。このちっぽけな町と運命を共にするのだから、かわいそうだ。その一点で町民は彼の振る舞いを許しているの。同じ立場の人たちが自分の生涯を信託しているわけ。町に未来がない証拠だけれど、だれもが明るい将来に向かって歩いていけるわけじゃない。縋り付くことができる現在が大切なのよ。その意味で言えば、Mと出会った二十年前の私は、村木さんより、もっと尊大に見えたかも知れない。あのころの私は、生死の境を彷徨っている人のすぐ隣にいたの。今では少し離れたところに身を置けるけど、やはり同じ地平に立っているわ。Mのように高みから見下ろしてはいない。物見遊山の観光客はお断りよ。だから、Mと私は、生き方も考え方もまったく違うの。進太には、まずそのことを知っておいて欲しいの」
ナースは真っ向から本題に切り込んできました。さすがにベテランの医療技術者です。無駄がなく、遠慮もありません。念を押された僕の方が、問題の整理に追いつけません。慌ててうなずいてから首を左右に振り、たまらずMを弁護してしまいました。

「ナースも村木さんも、常に現場にいることは分かります。でも、だからといって、Mを観光客と断じるのには抵抗があります。Mは自分の責任と人格で現場に入り、皆さんと同じ地平で行動したじゃないですか」
ナースを非難する口調になっていました。しかし、ナースは動じません。
「現場に入り込んで行動する根拠のことを、私は言っているの。Mの場合は、行きずりの人が勝手な価値観を現場に押し付け、混乱を楽しんでいたとしか言えないわ」
はっきり、断言しました。
話は始まったばかりなのに、もう終幕を迎えたような雰囲気です。焦りと悔しさが込み上げてきます。泣きべそをかいている自分の顔が脳裏に浮かびました。
ナースの口許に苦笑が浮かびます。
「せっかく進太と話し合えるのに、結論を急ぐことはないわね。さあ、この椅子に座りなさい。ゆっくり話し合いましょう」
優しい声で言って、ナースが折り畳みのパイプ椅子を広げてくれました。緩急自在の対応に翻弄されてしまいそうです。
大きく息を吸って、僕は勧められた椅子に座りました。しばらくうつむいて「Mの物語」を思い返してみます。


Mとナースが出会ったのは二十年前。Mが鉱山の町を立ち去ってから五年後のことでした。場所は、市の歓楽街にあるスナックのサロン・ペインです。
それまでナースは、都会の病院で看護婦をしていたのです。終末医療の看護が得意でした。それも、ナース独特の看護法です。末期ガンの患者の全身を襲う激痛を、自らの性で癒そうというものです。患者に残されたはかない生が、今生の思いを込めてナースの肉体を求め、官能を追います。極まりに向かう官能がガンによる苦痛を忘れさせ、死の恐怖を癒し、生への希望をかき立てるのです。このナースの看護の理解者が、医師の卵のピアニストでした。ピアニストは都会の医大で学びながら、ナースの勤める個人病院で、夜勤医のアルバイトをしていたのです。

二人が勤める病院に、心中未遂事件で骨折したSMショーの女優が入院します。この女優が、現在のサロン・ペインの女店主のチーフです。病室で付き添っていたスキンヘッドのママとチーフは、偶然ナースの体当たりの看護を目撃して、感激してしまいます。ピアニストとママは肉体の苦痛を癒す看護を、精神の苦悩を癒す事業に拡大することを夢想しました。チーフの演じるSMと、ナースの看護体験を利用した会員制クラブの設立を決意します。
ママとチーフ、ナースの三人は市を訪れ、ピアニストの父の歯科医の資金援助を得て、会員制クラブ・ペインクリニックを開設しました。そのクラブの階下に開店したのがサロン・ペインでした。
夕刊紙の記者をしていたMは、にわかバーテンダーのチーフがつくるマティニが気に入って店を訪れるようになったのです。六年振りに、Mがピアニストと再会したのもこの店でした。

「Mは、サロン・ペインの客に過ぎなかったわ。たまたまピアニストと知り合いだったから、下半身の不随と性的不能の障害を抱えていたバイクの治療に立ち会っただけよ。どう見ても、興味本位の傍観者としか言えない態度でね。それが、鉱山の町で面倒を見た祐子が、治療の協力者になったら急変した。クラブ・ペインクリニックを目の敵にしたのよ。自分本位に行動していた証拠だわ。最後は非を認めて祐子に鞭打たれることを受容したけれど、その時はもう、一切が終わっていた。ママとピアニストが夢を捨ててしまっていたの。Mが巻き起こした混乱の結果よ」
会話の先を促すように、ナースがまくし立ててきました。
僕は、力なく顔を上げてナースを見ました。小さくうなずいてから、またうつむいてしまいました。ナースの言ったことは、大筋で事実と相違ありません。急いで祐子とバイクの関係に思いを馳せます。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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