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4.クラブ・ペインクリニックの集い(1)

町立病院は四階建てのこじんまりとした建物でした。
内科、外科、皮膚・泌尿器科、整形外科と診療科目を表示してありますが、村木さんの解説によれば、温泉療法を利用した老人向けのリハビリテーション施設が現在の売り物だそうです。病院の横手に見える大きな平屋建ての建築がその施設でした。県外からも多くの患者が訪れるということで、薄いグリーンに塗られた建物は病院本体より、よっぽど立派に見えます。

「リハビリ部門は、赤字病院の花形施設だ。ナースはそこの婦長だから忙しい。だが、病棟勤務に戻りたいとは絶対言わないよ。あの婆さんは自分の資質をよく知ってるんだ」
玄関の大きな自動ドアを通りながら声高に話す村木さんは、いかにも町幹部といった態度が溢れ出ています。受付にも寄らずに玄関ホールを突っ切り、真っ直ぐ事務長室に向かいます。仕方なく僕も従っていきましたが、ホールのベンチに座っている大勢の老人の視線が射るように僕たちに突き刺さります。この町では確かに、村木さんは権力者の一人なのです。僕は居心地の悪さに冷や汗をかきながら、事務長室に入っていきました。

「リハビリの婦長に会いたいんだが、どっちにいるかね」
大きな事務机の前のソファーに腰を下ろした村木さんが、机の主にぞんざいに声を掛けました。背広姿の初老の男が慌てて立ち上がります。
「相変わらず、課長さんはせっかちだね。今、医局に聞いてみますよ」
男は立ったまま机上の受話器を取って、ダイヤルをプッシュしました。胸の大きな名札には事務長と記してあります。事務長室なのですから当たり前ですが、僕は目を白黒させて立ちつくしていました。

「進太、早く座れよ。ここは役場と同様遠慮は要らない。だが、コーヒーも出ないぜ。もっとも、俺が経費節減で予算を削ったんだから、文句は言えない」
大声で言った村木さんが僕を手招きました。たかが六畳ほどの狭い部屋です。気恥ずかしさで頬が赤く染まってしまいましたが、村木さんの前の椅子に浅く腰をかけました。目の前の村木さんはポケットから煙草を出し、デュポンのライターでおもむろに火を点けます。ここは病院です。灰皿など、どこにもありません。そのうえ村木さんは、煙草の灰を床に落としたのです。僕は目を丸くしてしまいました。

「村木さん、病院は禁煙ですよ」
たまらず身を乗り出して注意しました。初老の事務長さんが受話器を耳に当てたまま、横目で僕たちを見つめています。
「知っているさ。でも、この病院には肺ガンを治せる医者なんていない。禁煙をさせるほど高尚な施設じゃないんだ。俺から予算をふんだくることしか考えないケチなところさ」
平然と言って、村木さんは煙草をくゆらせ続けます。権力のにおいが部屋中に立ちこめてきました。町立病院に来てからの村木さんの振る舞いは、元山沢を案内してくれていたときとまったく違ってしまいました。Mにまつわる史跡巡りに目を輝かせていた村木さんは、Mの懐かしい友達に見えたものです。けれど、目の前に見る村木さんは別人のようです。
Mは権力を嫌っていました。個性から遊離した人格を職業が人に強いるのでしょうか。職を持たない僕には理解できませんし、Mも定職を持ちませんでした。Mが抱いていた悲しみの一端に触れたような気がしました。

「課長さん、ナースは本院の婦長室にいるそうです。ここに呼びますかね」
送話口を手で覆った事務長さんが村木さんに尋ねました。
「いや、俺たちが行くよ。ナースは偉いからな」
ほんの少し目をつむってうつむいた村木さんが顔を上げ、短く答えました。目が笑っています。僕の顔を見て小さく舌打ちしました。
「リハビリの婦長は医者より権限があるんだ。患者のベッドを握っているからな。婦長室だって、施設と病院に二つもある。ドル箱施設だから威勢がいい。でもナースだって、五年前にリハビリ部門ができるまでは泣いて暮らしていたんだ。古くからある病院は上下関係が厳しい。風俗上がりの看護婦が、キャリアを積んだ病棟の婦長に楯突けるはずがない。下積みで泣いていたんだよ。だが、新しいリハビリ部門は、言ってみればサービス業だ。患者の満足と成果が優先される。経営センスが問われる部署なんだ。ナースはうまくはまった。今じゃあ、肩で風切る婦長様だ。総婦長と並んだ部屋まで手に入れてしまった。すまじきは宮仕えだよな。なあ、事務長」
唐突に事務長さんに声を掛けて、村木さんが立ち上がりました。僕に同意を求める風もありません。祖母のナースの悪口を言ってしまったと思ったのでしょう。保身の心がけは立派なものです。僕も立ち上がって事務長さんに頭を下げました。村木さんは、煙草の吸い差しを床で踏み消し、平然とドアを開けて出ていきます。僕は頬を真っ赤にして後に続きました。どれほど村木さんが偉いか知りませんが、非常識な人と同行する恥辱がたまらなかったのです。また、世俗を知らない僕が、村木さんを不当に嫌悪しているような気もしました。難しいものです。
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官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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